再会
ぼくの想像とはぜんぜん違っていた。殺風景で広々としたこの場所はごった返しており混乱に陥っていた。シェルターは何棟もあり、ぜんぶで数十ある区画から分かれて入るのだが、場所によっては暴動が起こっていた。また、付近が爆撃されたようで瓦解した建物があり、吹き飛ばされた一部が砕けて転がっていた。怪我をして倒れている人がそれなりの数いて、おそらくかなり近い距離に爆撃を受けたのであろうといった感じであった。
到着するやいなや現状の説明がなされた。付近への爆撃により、一部の区画への出入り口が崩壊して使えない状態となってしまっている。なるべく多くの人が利用できるよう順番に案内するから落ち着いてほしい。別の市のシェルターに移動するという措置もある、とのことだった。明言は避けていたが要するに、優先度によってはこの場で避難できない人が出てくるということだった。
冗談じゃない。一瞬にして寒気が全身を駆けめぐりこめかみがじんじんとした。この案内ひとつでぼくの運命がはっきりと分かれることになるのだという恐怖。それこそがいまぼくに与えられた現実であり、ただそれに飲み込まれるしかなかった。
抗議している人もたくさんいて現場は混沌を極めている。ぼくは停止した思考の中から、だんだんと彼女のことを思い浮かべていた。彼女は無事だろうか。ぼくはいてもたってもいられなくなり、気付けば走り出していた。
どの区画に入るかはおおまかに決まっているので、見当をつけてそこに向かった。人々が騒ぎ立てているのですんなりとは移動できなかった。しかし一刻も早く彼女を見つけないといけない。ぼくは汗ばむ身体も途切れる息もぜんぶ無視して必死に彼女を探した。ぼくの大好きなあの子が無事でいてほしかった。もう一度会いたかった。
突如、空を切るしゅるしゅるとした音が聞こえてきた。そして付近で大きな爆発が起き、ぼくはその衝撃で転倒した。耳鳴りが頭の中でぐわんぐわんと反響していた。顔を上げると今の爆発で近くにあったシェルターの入り口部分が崩壊しているのが見え、近くにいた人は見るも無残な姿になっていた。紙を破るように簡単に人間が殺されていくその光景が目に強く焼き付く。なぜこんなことを平気でやれる人がいるんだろうか。なぜ他人のすべてを奪えるのだろうか。分からない。ぼくにはまったく分からない。どうしたらそんなことができるんだ。
ぼくは脚に力を入れて立ち上がり、周りを見渡した。彼女は……彼女は大丈夫なのだろうか。頭の中がその思いで埋め尽くされていた。あんな風に死なせたくない。だれかの手によって彼女が奪われるなんて、ぜったいに、ぜったいにあってはならない。
ぼくは彼女の姿を見つけようと、すべての神経を集中させた。人混みをかき分け彼女を探した。そのとき、ぼくは自分の名前が呼ばれていることに気がついた。彼女の声だった。彼女がいた。彼女はぼくのもとに駆け寄ってきた。
「どうしてここにいるの」
彼女は泣きそうな声でそう言いながら勢いよく抱きついてきた。ぼくも力の限り強く抱きしめた。ひんやりとした彼女の身体はいつもより弱々しく感じられ、彼女の髪の毛は湿っていた。
「もう会えないと思った」
彼女はぼくの胸に顔を埋め、声をくぐもらせていた。ぼくはじぶんがしゃべれないくらいに息が上がっていることに気が付いたので、深呼吸をして身体を整えた。
「大丈夫? 怪我はない?」
彼女は鼻をすすりながら小さくうなずいた。
「それより、なんでまだ外にいるの? 第二優先ならもう入れるんじゃない? 早く行かないと」
彼女はしばらく返事をせずに泣いていた。彼女の涙のあたたかさが服ににじんで胸に伝わってきた。
「もう会えないかもしれないって思っちゃって、どうしても会いたくて、わたし、行きたくなくて。そしたら遠くに姿が見えたから・・・・・・。わたしだけ生きるのなんていやだよ」
ぼくだっていやだ。彼女のことをもう思えなくなるなんて。愛おしい彼女のことを感じられなくなるだなんて耐えられなかった。
「そっか、会いに来てくれたんだね」
ぼくは彼女のおでこにかかっている髪の毛をぱらぱらとかき分けて、見えた肌にそっと口を付けた。生え際の産毛が口元に触れるのがくすぐったく、できたてのわたあめのような香りがした。たまに遠くから聞こえてくる爆撃音はすでに耳慣れたものとなっていた。
「第二グループの方々は至急、指定された区画へと移動してください。繰り返します。第二グループの方は──」
放送が流れた。
「ほら、第二は入れるんだ。行かないと」
「いやだ。いやだよ」
「いやじゃないよ。早く避難しないと」
「そんなこと分かってるよ。でも……」
彼女がどこまでも自分を案じてくれるのがあまりにも苦しかった。ぼくは自分のためではなく彼女のために生きるべきだと思ったが、そもそもそんな未来は彼女がいなければ存在しないわけで、だからこそまずは彼女に無事でいてほしかった。
「今は行かないと。ぼくは大丈夫だから。信じて」
彼女の軟らかなまつげには光を乱反射させている小さな水滴が付いていて、そこにはひとりひとりの人間に与える無差別的で大きな苦痛が内包されていた。ぼくは彼女の不安をあおるような言動をすべきではないと感じた。彼女の中に生まれる避けようのないあらゆる心の揺れ動きは、ぼくの一言やささいな行動を敏感に受け取ることでいかようにもなってしまうと思ったからだ。
彼女の不安を取り除いてあげないといけない。彼女はぼくの身体を痛いくらいに強く抱きしめながら、まだ涙を流していた。
「ぜったいに大丈夫だから。ほら、行こう」
ぼくは彼女の手を握った。彼女の手はいつもよりも熱くて力が入っていた。ぼくの冷えた手は彼女のいろいろを読み取っていて、けれど、やはり彼女が生き残ることをぼくは優先せねばなかった。はじめて手をつなぐとき、ぼくはどうしたらいいか分からず、お互いの手の甲がとんと軽く当たるようにしながら彼女の反応を弱気に待っていた。彼女は触れあった手に気付き、これから起こるであろうことを意識しはじめたようで、一瞬、二人の間に流れる時間がなにものにも邪魔されなくなった。ぼくも彼女もこういうときは黙っているようで、思っていることをことばにすることはなく、感覚だけを意識の上に残していた。紅色に塗られた彼女をどくどくと揺れる心音とともに見ながら、彼女の手に指を沿わせていった。彼女は口をきゅっと締めたかと思えばこちらを見てきた。ぼくは決心をして、彼女の手を引きながら彼女が入るべき区画へと向かった。
区画の前はさらに人が多く、誘導には困難を極めているようだった。ぼくは人の波を押し分け、前へ前へと無心で進んだ。
最前列に着くと大きな扉が目の前に見え、そこには迷彩服を着て銃を携えた軍人が何人もいた。優先番号の確認や、割り込んでくる者たちへの対応等を行っているようだ。ぼくは一人の軍人に話しかけた。
「すみません、この子は第二グループなんです。入れてあげてください!」
「番号を確認しますので書類をお出しください!」
群衆が騒いでいたから互いに声を張って話す必要があった。ぼくは彼女に書類を出すよう、うながしたのだが、はじめはそれを拒んでいた。その様子に気付いたまわりの人たちが彼女のもとに群がった。自分に優先順を譲ってくれないか、と。人々が無理に押し寄せてくる中、ぼくは彼女の手を離さぬよう力を入れた。
みんな、どんな手を使ってでも生き残ろうと必死だった。優先番号を持っていたところで本人確認があるのだから何の意味もないことだなんて分かりきっているのに、単なる生存本能、あるいは自己中心的な思いがむき出しとなり、彼らを突き動かしていた。この場ではあらゆる理性的判断が意味を持っていないように思え、争いに関わったすべての人間が知性を失っていく様子を目の当たりにした。異常な光景だった。
ぼくはやめるよう叫びながら彼女に押しかかる人たちをどけていった。その様子に気付いた軍人もやってきて手を貸してくれた。やっとの思いで人に飲まれていた彼女の姿を見つけ、即座に声をかけた。
「大丈夫?」
彼女はむせながら、大丈夫だと返答した。
「ひどいな。こんなことになるなんて」
白いシャツも緑色の長いスカートも薄汚れていて、ぼくはそれを払った。
「ごめんね」
「なんで謝るんだよ。なにも悪くないのに」
「巻き込んじゃったから……」
「いいから。いまは自分のことだけ考えてよ。とにかく無事にここを乗り切ろう」
彼女のふわりとした頬にも乾いた汚れがついており、ぼくは親指に力を入れて拭ってやった。彼女はありがとうと返事をすると、力なさそうに書類を軍人に手渡した。軍人はそれを確認すると、彼女を案内すると言ってくれた。




