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彼女の物語  作者: shrimp
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避難

 朝、おなかをえぐられるような不穏な音が街中に響き渡った。街の防災無線からの警報音だった。続いて、空襲警報という単語が何度も叫ばれた。緊急時にはこのような放送がされることは以前から通告されていた。だが、ぼくたちの国が争いに関わることはないというのが大多数の意見だったし、ぼくもそう思っていた。

 放送を聞き、ぼくらの国に向けて長距離弾道ミサイルが発射されたということが分かった。二次的な攻撃の可能性もあるから速やかに避難せよとのことだった。街は放送があること以外には驚くほど静かだった。この放送自体は訓練として何度か行われていたから、みんなこの放送に対する緊張感が若干薄らいでいるんじゃないかと思う。突然部屋の扉が勢いよく開いた。

「避難! 早く逃げないと!」

いままでに見たこともないような形相で母はそう叫んだ。ぼくはその瞬間にことの重大さを察した。


 ぼくたちは指定されていた避難場所である近くの学校の校庭へと向かった。すでにたくさんの人がおり、メガホンで指示している人や、不安がっている人、遠足気分みたいな人など様々だった。ぼくは彼女のことが心配で仕方なかった。彼女は隣の街に住んでいるからまずはぼくとは別の場所に行くが、使用する最寄りのシェルターは同じだから最終的にはそこで落ち合えることになっていた。なにもない校庭に老若男女が敷き詰められている非現実的な光景に、未だ現実味を感じられなかった。

「優先番号の紙をお持ちの上、各列の担当者にそれをご提示ください。素早い避難のためご協力をお願いいたします」

メガホンを持った三十代くらいの男性が何度もそう言っていた。ぼくと母は優先番号が違うので別々の列へと並ぶことになった。

「父さんは大丈夫かな」

母は手に口を当て、涙を流しながらこくりこくりとうなずき、ぼくのことを抱きしめてきた。

「母さん、大丈夫だって」

「無事でいようね。ね」

ぼくは、おなかからなかなか出てこなかったらしく、薬を使っての出産だったらしい。それでもかなり時間がかかり、薬の副作用で相当つらい思いをしたと言っていた。想像を絶する苦労を経て生まれきたぼくに対してとてつもない愛情が湧いて、この世界について何も知らない小さなぼくを見ては、この子をわたしが守るんだと、この子のために生きていくんだという思いを強く抱いたらしい。

 そんな母さんにとってぼくと離れるのはきっと耐えがたいことなのだろう。父さんも仕事に出ているから、ぼくら家族はこれから各々で避難の手順を踏むことになる。母さんは家族とのあらゆる関係が途絶される立場にいるのだ。ぼくがどれだけ考えてもぜったいに理解できない苦痛を持っているのだと思う。

 ぼくはそんな母さんのことを思って抱き返し、しばらくして離れるとまた後でと言って別れた。もしかしたらこれが母さんとの最後かもしれないと思うと寂しい気持ちはあったが、でも、優先度的にはぼくら家族はみんな避難ができるので大丈夫だろうと、いつか会えるだろうと思っていた。ぼくは第四優先の列に並び、次の行動を待った。近くの人が、ほかの場所がすでに何発も爆撃されて壊滅しているらしいということを話していた。この混乱下では情報が正しいかどうかなんて分からなかったが、人類にはすでにあらゆるものを容易に滅ぼす力があるはずで、何発も撃ち込まれていたら悲惨な状況であるに違いないということはぼくにも分かった。

 第一優先者たちは誘導され、用意されたバスで移動していった。黄土色の砂が風に舞う中、空は青々としていて雲一つなかった。これと同じ空の下、どこかに彼女はいる。ぼくは彼女と会えないとき、いつも空を見上げてはそんなことを考えていた。彼女がいま空を見上げていれば、まったく同じものを見ているわけで、そう思うとぼくは彼女との間につながりを感じられた。空はとてもきれいだった。彼女は第二グループなので、早めに移動できるだろう。ぼくもじきに連れて行かれるはずだ。

 遠くから低い爆発音が聞こえた。はじめは聞き間違いかなにかだと思ったが、それからほんの少し後に、はっきりと分かる距離感で爆発音がした。校庭にいる人はみんな騒ぎはじめ、ぼくもその混乱ぶりに現実を知るしかなかった。ほんとうに戦争が行われているんだ。遠い国の話ではなく、じぶんの身に起こっていることなんだ。ぼくはやっと自分たちが置かれている立場を理解できたようだった。

 遠くの空に細長い黒煙が見えた。なにが理由なのか、どうしてそうなったかなどどうでもいい。どこかのだれかがぼくたちを滅ぼすべく、圧倒的な暴力を振りかざしているという事実が許せなかった。なにをどう考えたらそんなことができるのか。個々人が持つ物語を、外的な強制力でもって全否定する権利がいったいだれにあるというのか。

 その後も爆発音は続き、空には何機もの飛行機が隊をなして飛びかうようになり、だんだん騒々しさを増していった。自然界には決して存在しない、ある種が自分たち自身を滅ぼすための音。幸いにも付近はまだ爆撃されておらず、すでに第三優先グループまでの移動が終わっていた。彼女もシェルターへの移動が済んでいることだろう。おおむねどの地域でも第六グループまでは入れるだろうという話だったから、運悪くここで爆死でもしない限りシェルターへの移動は時間の問題だった。

 ほどなくしてぼくら第四グループはシェルターに向けて移動をはじめることになった。

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