Pre verse「Wheel of Love」
Pre verse「Wheel of Love」
ママ、人を撃ったわ。
絢爛豪華な大広間。大理石の床に広がる赤い赤い海の真ん中で、その男は額から血を流して倒れている。
わたしがそうしたのだ。
どうしてこんなことになってしまったのか。
どうしてこれほどまでに何もかもが狂ってしまったのか。
あるいは、わたしがもっと聞き訳よくて、与えられたルールを受け入れられる。そんな良い子であればこんなことにはならなかったのだろうか。
わたしは服のすべてをどす黒く汚していて、その場にへたり込んでいる。両手で握った拳銃の冷徹に冷たい温度と硝煙の匂いを感じながら、目の前で倒れている男をただぼうっと眺めていた。
その男は、わたしの父親だった。
父親はこの町を導く指導者だった。
父親はこの町を発展させ、より多くの住民を幸福にするため立派に働いていた。
きっと父親はこの町を愛していたのだろう。
そしてそんな父親のことをこの町の人々も愛していた。
それでもわたしは自分の父親を撃った。どれだけ多くの人々に石を投げられたとしても、それをしなくてはならないと思ったから。
父親のそばには血にまみれた金の魔の盃が転がっていた。
「……」
わたしはそれを睨み付け、胸の内に芽生えている暗い感情のまま、それに銃口を向ける。
二度、三度と引き金を引いて乾いた銃声を鳴らすと、純金でできたその盃はあっけなくひしゃげて、死に絶えるように盃としての存在価値を失った。
大広間に落ちるいくつかの松明の明かりがわたしの影を揺らす。
その揺らめきはまるで、わたしのすべてを責め立てているようだった。
ああ、逃げなくては。
今すぐここから逃げ出さなくては。
その時、大広間から外の世界に繋がる扉が開かれた。
東の空から差し込む朝日がわたしの目を焼く。
眩いばかりの光に目を細めていると、わたしの耳に聞きなれた声と、始まりを告げるような車輪の回る音が聞こえた。
「さあ、車椅子に座ってください、レイラお嬢様。あの扉から外へ出て世界へと旅立つのです。私たちの夢のために」
それは、わたしのメイドの声だった。