レシピ8 まだ帰りたくないと言われたらセンスの見せどころ。個性的な盛りつけで注目させましょう。
悩んだ末に退店時は腕を組むことにすることにした。
無事にラブ割適用の金額を提示され、安堵していることをバレないように注意しつつ会計を支払った。
「あ、お客様!」
帰り際に店員から呼び止められ、シャルトリューズはぎくっとなった。イエーガーの体がこわばったのも気配で伝わってくる。
(……大変……! やっぱりバレたわ……。
どうしましょう、差額が支払えないって伝えたら怒られるかしら……)
「すみません。お渡しするのを忘れていました。
こちら、カップルで次回ご使用できる20%オフクーポンです。ぜひまたお二人でいらっしゃってくださいね」
「あ。どうも……」
イエーガーが受け取り、二人で黙って外に出た。黙々と歩く。
十分に店から離れてから、二人はほぼ同時に顔を見合わせた。
先に口火を切ったのはイエーガーだ。
「男同士のあいつらが30%オフで、俺らが20%オフってなんだよ! なにが足りなかったんだよ! ふざけんな! 完璧だっただろ!」
「その10%の差異の中に、私たちがやらなかったミッションが隠れている可能性が高いわ。それか単純に演技力の差なのかも」
「いーや! 演技力だったら絶対にあいつらになんかに負けてねえ! あいつら他にどんな技使ったのか、帰ったら聞き出してやる!」
(……イエーガーって、けっこう負けず嫌いよね……)
イエーガーのあまりの剣幕に、シャルトリューズは少しあきれた。
もしかしたら、実はイエーガーもパフェを30%オフで食べれるのを期待していたのかもしれない。
シャルトリューズは頭の中で、20%オフになったパフェの金額を計算してみた。
薬草酒の売上があれば、手が届かなくもない。
(もし薬草酒が売れたら、今日のお礼にごちそうしてあげようかしら……)
シャルトリューズはそんな計画を思いついた。でもイエーガーにはまだ内緒だ。
「目的も済ませたし、帰りましょうか」
そう言いながら、シャルトリューズはなんとなく後ろ髪を引かれるような気持ちになった。
(なにかしらこの気持ち……。なんか……まだ帰りたくないような気がする。
薬用酒も置いてきたし、イエーガーにケーキも食べさせてあげたし、もう何も予定は残ってないはずなんだけど……なにか忘れてることがあるのかしら……?)
シャルトリューズは、この町でやり残したことがないかどうか頭を巡らせる。
しかし思い当たることはない。
「せっかく来たんだし、もう少しブラつかね?」
「え? ブラつく……?」
唐突なイエーガーの提案に、シャルトリューズは首を傾げた。
「そ。お前がそんな女らしい格好してんの珍しいじゃん。
どうせ帰っても、あの色気のない固い服に着替えるだけなんだろ?
ならもう少し遊んで行こうぜ」
「遊ぶって……私、もうそんなにお金もないし……」
「金がなくたって遊べんの! 露店ひやかしたり、探検したり、いろいろな」
まごつくシャルトリューズの手を強引に引っ張って、イエーガーは歩き出した。
少しとまどったシャルトリューズだったが、そのままイエーガーについていくことにした。
(そっか、まだ……帰らなくていいんだ……)
シャルトリューズは、なぜか少しだけ安心した。
でもどうして自分が安心したのかは、よく分からなかった。