レシピ7 1/3も伝わらない純情な感情はアクセントに最適です
無事にミッションを達成し、ケーキもドリンクも完食したシャルトリューズは安堵のため息をついた。
「……すごく美味しかったわ。やっぱりキャロルのスイーツはすごいわ……安い値段で提供してくれているのにこのクオリティ……素晴らしいわ」
「あとは最後の難関、退店だな……」
イエーガーは難しい表情だ。緊張の会計タイムが近づいているからだろう。
「手繋ぎは手汗がすごいから別の手段がいいわ」
「腕組むか? それとも肩抱きか? どっちで行く?」
二択を真剣に悩み始めたシャルトリューズは、ふと疑問が浮かんだ。
「ねえ、この裏技……イエーガーが知ってるってことは、誰かと試したことがあるの?」
さっとイエーガーが目をそらした。
「目をそらしたわね。何か言いづらい案件なのかしら」
「別にやましいことは……って、なんだよ、なに言わせてんだよ。
俺はこの店は初入店だ。ただ仲間のやつらが前に実験で……」
「実験?」
大好きなワードが出てきて、シャルトリューズの目が輝いた。
「リッキーが……今日広場にいたやつだけど、そいつが甘いもんに目がないわけ。
金がねえのにキャロルのケーキが食いたいってずっと騒いでて……そしたらモヒートが前に女とキャロルに食いに行ったときに、偶然このイベントに遭遇して……男同士でもそのイベントは発生するのかを試してみようって言い出したら、なんか盛り上がっちまって……」
「仮説検証実験ね……。興味深いわ……それで?」
シャルトリューズは真剣な表情でイエーガーの話に耳を傾けている。
「で、モヒートが女と入店したときと全く同じやり方を男同士でやってみようってことになって……モヒートとリッキーの二人で挑戦したわけ」
「条件を変えて相応性を確認するのね。そして再現性を証明するのね。素敵だわ」
「で、悪ノリをした結果、モヒートが女と入店したときよりも、いい結果が出た」
「仮説を追加したのね。その結果は?」
「【ラブ割】発生+次回全メニュー30%オフクーポンゲット」
「な……なんですって? うらやましいわ。じゃあここのパフェもお得に?」
「パフェ? ああ、なんかメニューにあったな。
なんかやっぱ恥ずかしくてすげえ注文しづらそうなやつな」
「でもすごく美味しいんですって。でも……すごくお高いの……30%オフなら、食べられるかも……」
シャルトリューズは頭の中で、30%オフになったパフェの値段を計算する。
――射程距離内ということが算出できた。
シャルトリューズの心の中で、得体の知れない炎が燃え上がる。
「一応あいつらがやったのと同じミッションはクリアしたから、俺らもクーポンもらえるんじゃねえの?
男同士でクリアできたんなら、俺たちも余裕でクリアだろ、楽勝だな」
不敵な笑みを浮かべるイエーガーとは対照的に、シャルトリューズは不安そうだった。
「でも……演技力の問題もあるわ……。
どうしましょう、ここまでやったのにカップルじゃないことがバレて、割引が適応にならなかったら……」
「お前……本当に人を無自覚に傷つけるよな……」
ボソッとつぶやいたイエーガーの文句は、残念ながらシャルトリューズの耳には届かなかった。
「え? 何か言った?」
「なんも言ってねえよ。空耳じゃねえのー?」
空耳と言うわりには、イエーガーの機嫌は悪そうだった。
割引クーポンは魅力的だが、とにかくひとまず【ラブ割】適応金額での精算で済みますように――。
シャルトリューズは、運命のジャッジを天に委ねた。