レシピ4 普段強気な彼女が弱ったときのフォローは大切なスパイスです。入れ忘れに注意しましょう
隣町に到着すると、さっそくいつもお世話になっている酒屋に入った。
シャルトリューズはいつもよりも興奮気味に店主へ声をかけた。
「あの、今日は父の薬用酒ではなくて、私が作った新作の薬用酒を置いてもらいたくて来ました。
ちなみに効能は、虚弱体質、胃腸虚弱、食欲不振、冷え性、肌荒れ……」
「あーちょっとタンマ! そういうのいっぱいあるからさ。置ききれないよ」
予想外の店主のリアクションに、シャルトリューズはとまどいながら尋ねた。
「……え? でもいつも父の新作はすぐに……」
店主はバツの悪い顔をしながら、苦笑いをした。
「いやだってさ、あの人の薬用酒は本当にすごいから。お客さんも新作出るって聞けば予約して待つくらいだしさ。信用度がすごいんだよ。
置けば絶対に売れるって分かってるから、そりゃあ置かせてもらうのが当然さ」
それはつまり――。
「……私のは、置いてもらえないんですね……?」
自分の声がひどく頼りない声になっていることに、シャルトリューズは気づいていた。
恥ずかしかった。
考えが甘かった。
穴があったら入りたい。
一人で来ればよかった。
イエーガーと一緒に来るんじゃなかった。
目の奥が熱くなって、痛くなってきた。
「うーん、親父さんには世話になってるからなあ……じゃあ、置くだけは置かせてもらうよ。
もし売れたら、売れた分だけ次回に払う。それでもいいかい?」
同情されたことは分かっていた。
でも、もう一度樽を持って家に帰る気にはなれない。
シャルトリューズは、黙ってうなづくしかなかった。
・・・
「いいわよ、好きなだけ馬鹿にしても……」
酒屋を出たシャルトリューズは、ふてくされながらイエーガーにつぶやいた。
そんなシャルトリューズに、イエーガーは笑って返す。
「相手が悪かったな。
お前の親父さんの信用度はうちの親の比じゃねえらしいからな。ま、誰も勝てねえよ」
意外な情報を耳にして、シャルトリューズは思わずイエーガーを見つめた。
「俺の両親も新作持ち込むときは、さっきのお前みたいな対応されんのが普通みたいだぜ?
俺が直接そのやりとり見たわけじゃなくて、兄貴から聞いた話だけどな。
だからあんまりへこむなよ、お前が張り合おうとしてる相手がすごすぎんだよ。
勝負になんねえよ」
「父さんがそんなにすごいなんて、私……知らなかった……」
そして自分の父の話をイエーガーから聞かされるというのも、なんだか不思議な気分だった。
「俺の親父が前に唸ってたな。『よくもあれだけの効果を短時間で発現させられるものだ。あれには敵わない』ってさ」
父のレシピを頭の中で浮かべてみる。
即効性を発揮するための薬草の組み合わせがすぐに出てきた。
自分のレシピにも該当の薬草を同様の調合方法で調整してある。
即効性であれば同じくらい期待できるはずだ。
ただ、圧倒的に信用が足りていない。
使ってさえもらえれば、分かってもらえるはずなのに……。
シャルトリューズは大きなため息をついた。
自分の甘さを痛感した。
信用は実績として、少しずつ積み上げていくしかない。
「ごめんなさいイエーガー。ケーキを食べさせてあげられなくて。……帰りましょうか」
しかしイエーガーはなにやら真剣に考え込んでいた。
「……お前、いま手持ちいくらある?」
訝しく思いながらも、シャルトリューズは自分の持っている、おおよその所持金額をイエーガーに伝えた。
「お前が乗るなら、ちょっとおもしろい裏技がある。……どうする? 『キャロル』の裏メニューを二人で格安で食える。割り勘でどうだ?」
イエーガーの提案にシャルトリューズは息をのんだ。
「……キャ……キャロルの裏メニューですって……?」
キャロルとは、この町で一番人気で、一番オシャレで、一番若者が憧れるスイーツカフェだ。
もちろんシャルトリューズも例外ではない。
(行きたい……! 行けるんなら絶対に行きたい。
せっかくこの町に来たのなら、この機会を逃したくない……!)
でも――。
「でも、お高いんでしょう?」
ネックは金額だった。
オシャレな店内。オシャレなスイーツ。オシャレな店員。
格式が高いとまでは言わないが、店に入るには少し緊張する場所だった。
(洋服は……きれいなものを選んでは来たけど……)
シャルトリューズは躊躇していた。
「お前が俺の作戦通り遂行できれば、なんと……一人あたりこの金額で俺とお前、二人分のケーキとドリンクが手に入る。どうだ? やるか?」
自信満々の表情で提示された金額を聞き、シャルトリューズの目が輝いた。
「……信じられない。本当に? 分かったわ、乗るわ。作戦を教えて」
シャルトリューズとイエーガーの間で、綿密な作戦会議が始まった。