レシピ2 別に好きとかじゃないですけど? という意地の張り合いをパラパラとふりかけます
しかし大きな樽を背負うシャルトリューズの姿は、誰から見ても非常に目立っていた。
「あ! 顔面プレートメイルが変な樽持ってやがる!」
「おいおい、あれもしかして全部精力剤じゃねえの?」
「うわー。はっずかしー! どんな顔してあれ売ってんだろうな!」
イエーガーの仲間たちがシャルトリューズに向かって、ひとしきりの悪口を言って笑っている。
シャルトリューズは相手にしない。
いつものことだ。無視するのが正解だ。相手にするのは時間の無駄だ――。
「それ、重くね?」
いつの間にかイエーガーがシャルトリューズのすぐ傍まで来ていた。
ドッキ――――――ン!!
シャルトリューズの心臓が、通常時の3倍の収縮反応を引き起こした。
(……ちょっとっ! いきなり話しかけて来ないでよ! 今日は動悸抑制用薬用酒、飲んできてないのに!)
もしかしたらイエーガーのことを好……になってしまったかもしれないことを、シャルトリューズは断固として認めていない。
いま発生した心筋の収縮反応は、想定外のタイミングで声をかけられたことによる驚愕が引き起こした、いわば単純的かつ発作的かつ自然的かつ通常的かつ普遍的な反応であると自分に言い聞かせて落ち着かせる。
「妙な格好だな。家出か?」
「そ……そんなわけないでしょ。樽を持って家出なんて聞いたことないわ」
じろじろと自分を見つめるイエーガーから目をそらし、シャルトリューズは逃げ道を探した。
しかし、そんな都合の良い道はここにはない。
「俺が運んでやろうか? もちろんそれなりの礼はしてもらうけどな」
挑発的な態度。意地の悪い嘲笑。
以前のシャルトリューズであれば、そんなイエーガーの態度を見るたび不愉快になり、冷たい態度をとっていた。
本当は悪いやつではないと分かった今では、この発言を素直に受け取れるようになった。
手伝おうとしてくれているのだろう。
ただしこの樽は重すぎて、きっと無理だ。
「あんたには重くて持てないと思うわよ。でももし持てるのであれば持ってもらおうかしら?
私の新作薬用酒を隣町まで売りに行くところなの。でもきっとあんたには重いし無理ね。
良い値で売れたら、そのお金でケーキを食べようと思ってたの。もしも持ってくれたらごちそうしてあげてもいいわよ?
ただし、本当にあんたにこれが持てたらの話だけど」
(……すごいわ! 今日はドキドキを抑える薬用酒を飲んでないのに、イエーガーとちゃんと普通に話せてる……!
素敵よ私! やるじゃない!)
普段と変わらない口調でのセリフがすらすらと出てきて、シャルトリューズは内心でガッツポーズをした。
「……お前、本当に安定のかわいげのなさだな」
「ええ本当に。いま自分で自分のことを褒めてあげたの」
「褒めんな! 俺は全っ然、褒めてねえんだよ! お前ちゃんと俺の話聞いてんのか!? 絶対頭おかしいだろお前!
……くそ! よこせ!」
イエーガーは強引にシャルトリューズから樽を奪い取った。
「あ! ちょっと……!」
(――え? 無理でしょ? これ相当重いはずなのに……)
「うわ、おっも! お前よくこんなの担いでいられたな。馬鹿力かよ……。
こりゃあ、ケーキ二つ分は奢ってもらわなきゃ割が合わねえな……っていうか売れるかどうかも怪しいのに、よく大口叩けたもんだな。
礼の方が高くついたらどうするんだ?」
そう煽るイエーガーは嘲笑を張り付けている。
「……もしかして、ケーキ好きなの? やっぱりあんたって本当にかわ……」
「言うな! くそ、お前の稼ぎを俺が食いつぶしてやるから覚悟しとけ!」
乱暴に言い放つと、イエーガーは先に大股で歩き出した。
それをシャルトリューズは小走りで追いかける。
「そんなにケーキが食べたいの……。
そう、ケーキが大好物なの……。ふーん、ケーキが好きだったのね……」
「くっそかわいくねえ女! しつこいんだよ!」
「ありがとう。誉め言葉として……」
「褒めてねえ!」