レシピ10 そろそろ仕上げ。パフェグラスから上の部分はいいところを見せちゃいましょう
露店通りも最後の方になってしまった。
最後の店は子供が好きそうな小さなおもちゃの店だった。
「さすがにこれは別に必要ねえ……」
イエーガーがそう言いかけた時、シャルトリューズはイエーガーの手をふりほどき、夢中でその露店へ駆け寄っていった。
「もしかして……これ……! 『やまのどうぶつさんシリーズ』ですか?」
顔を輝かせたシャルトリューズは露店の女主人に尋ねた。
「あらそうよ。よく知ってるわね、もしかしてコレクターさん?」
「いえ、まだ持っていないんですけど……七年前にこの町のお祭りの日に父と来て、そのときにもここで売ってませんでしたか? 私……その時にすごく欲しかったんですけど、どうしても父に買ってって言えなくて……」
「あらあらそうだったの? 嬉しいわ。どの子が欲しかったの?」
女主人の問いかけを聞きながら、シャルトリューズは売り場のおもちゃたちを見回した。
「未成熟期のピッペリーなんですけど……あの、シマシマが入ってる……」
「……お前、ガチでピッペリーが好きなんだな……」
あきれているイエーガーの声は、残念ながらまったくシャルトリューズの耳には届いていない。
もはやシャルトリューズの興味は100%が『やまのどうぶつさんシリーズ』になってしまい、イエーガーの存在は1%すらもなくなっていたのであった。
「あら詳しいわね。そうなのよ、ピッペリーに縞が入っているのを未成熟期と知ってるあなたはなかなかの通ね! ほらここよ。オスとメスがあるわよ、どっちにする?」
「そんなおもちゃにオスメスの区別があんのかよ」
イエーガーがぼやく。
シャルトリューズはおもちゃのピッペリーを手に取ると、ひっくり返してみた。
「……ああっ! 大変! ちゃんとついてるわ!
ちっちゃいのがちゃんとついてる! かわいいっ! 素敵っ! なんてクオリティ!」
「でしょ! でしょ! うちは小さくてもクオリティを大事にしてるの! どこも妥協はしてないわ。縮小比率も正確よ!」
「おい! 女がでかい声でオスのチ●コがかわいいとか騒ぐな! 恥を知れ!」
赤面して怒鳴ったイエーガーを女性たちは冷ややかな目で見つめた。
「やめてイエーガー。下品なこと言わないで」
「嫌ね、男って。すぐにそうやって品のない考え方するんだから」
女性二人に睨まれ、イエーガーはたじろいだ。
「……ちょっと待てよ、なんで俺が怒られてんだよ。品がないのはお前らだろうがよ」
しかし文句を言うイエーガーの存在は、一瞬にして女性二人から消し去られている。
「かわいい! すごいわ! この子すっごくかわいい!」
シャルトリューズはピッペリーのおもちゃをぎゅーっと抱きしめた。
「そんなに気に入ってくれたんなら、ちょっとオマケしてあげるわ。これくらいの金額でどう?」
手のひらをパッと開いて提示された金額を察して、シャルトリューズはそっとピッペリーを露店に戻した。
キャロルのケーキを食べてしまったあとでは、もう買い物ができるような余裕はなかった。
こんなことなら薬用酒が売れるなんて皮算用しないで、ちゃんとお小遣いを持ってくれば良かった。
「ごめんなさい。今日はお金がなくて……。
明日は……来れないんですけど、数日中には必ず……!」
「ごめんなさいね。私、今日ここで売ったらまた別の町に行くのよ」
「……そうですか……。わかりました。縁がなかったってことですよね……」
名残惜しい気持ちでピッペリーのおもちゃを見つめたまま、シャルトリューズは立ち上がった。
するとシャルトリューズと入れ替わりに、今度はイエーガーがしゃがみこむとピッペリーをつかんだ。
「これなら買ってやるけど、どうだ?」
イエーガーが指を3本立てた。
シャルトリューズは何が起きているのか理解できなかった。
「あら彼氏、そう来なくっちゃね! でもさすがにそれは無しね、450よ」
「300だ。それ以上無理」
「うちも元手がかかってんの。400よ」
「そうすっと俺もマジすっからかんだ。それは無理。せめて320」
「ねばるわね。380」
「察してくれよ美人のオネーサン。330」
「……いいわ。彼女の前だしね、彼氏にいい恰好させてあげる。350よ、毎度あり!」
「……ちっ、350かよ」
イエーガーは代金を払うと、おもちゃのピッペリーをシャルトリューズに押しつけた。
「これで店も一通り見たし、そろそろ帰るか」
「……え?」
まだ事態が飲み込めないシャルトリューズに、女主人が耳打ちした。
「素敵な彼氏ね。もう妬けちゃうわ! 仲良くするのよ! あとその子も大事にしてね!」
シャルトリューズはようやく理解した。
イエーガーが、自分にこのおもちゃを買ってくれたのだということを――。