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白昼夢05※挿絵

※2024年5月7日※

挿絵を追加しました。自分で描いたものです。クリスタはさいつよです。

設定上の矛盾点を訂正しました。

 悍ましい声を遮ろうと、両耳を必死に押さえる。

 呼吸を極限まで抑え、自身の存在を悟られないように気配を殺した。見つからないことを祈り、このまま朝を迎えるように願った。


 ――どれだけの時間が経過したか、気が付けば声はしなくなっていた。

 鼻腔をついたあの焦げ臭いにおいも消えていた。


 おもむろに顔をあげ、耳を澄ませる。あの声はもう聞こえない、いなくなったのだろうか。

 まとは恐る恐る顔を覗かせ、周囲をうかがった。見える範囲であれ(・・)の姿はない。

 助かった、と引き戸にもたれ掛かる。安堵の溜め息を吐いたが、不意に部屋の奥から気配がした。

 咄嗟に振り返り、月明りを頼りに確認する。どうやら部屋の奥で誰かが正座しているようだった。

 月明かりで下半身と両手は僅かに見えるが、上半身は暗闇に遮られている。

 服装は現代的で、長ズボンに長袖の服とどこにでもあるような出立ちだ。

 ぱっと見で抱いた印象は、標準的な体型の男だった。

 暗がりで相手のことはよく見えないが、何となしに男ということはわかった。

 まとは慎重に、なにも起きないことを願って後ずさる。まるで熊に遭遇したときのような緊迫感があった。

 いつでも外へ飛び出せるよう、引き戸に手をかける。外は危険だが、ここにいるよりはましだと考えた。

「落ち着いて。俺だよ」

 外へ走り出そうとした瞬間、声をかけられる。若い男の声だった。

 同時に、その声にはひどく聞き覚えがあった。ほんの数時間前に聞いた声、忘れるはずもない声。

「く、黒木さん? どうして、ここに……?」

 思ってもみなかった人物の登場に、まとはつい我を忘れる。うっかり大声を出したことに気づき、咄嗟に両手で口を押さえた。

「あはは、心配しなくても大丈夫だよ。今はね……それより、よく無事でいたね。大変だったでしょ」

 体に張り詰めていた緊張が解け、その場にへたり込む。アユムは正座したまま、微動だにすることはなかった。

「どこかに閉じ込められてたんじゃ?」

「……でも今は、須賀さんに会いにきたんだ」

 不思議に思いながらも気に留めず、上り框に腰を下ろす。アユムは正座したまま、上り框のほうへにじり寄ってきた。

「須賀さんに受け取ってほしい物があるんだ」

「私に? なんですか?」

 ふたりは近くにいるにも関わらず、アユムの顔は暗闇に遮られて見えなかった。

 これもまた、まとが気にすることはなかった。

「これなんだけど」

 まとの前に握り拳が突き出される。ゆっくり開かれた手の中にはひとつのペンダントがあった。

 トップにはとても綺麗な模様の石が繋がっている。見たことのない模様に、まとはついつい声を漏らした。

「わぁ、なにかしら。きれい」

 月明かりに照らされた石は不思議な輝きを発している。石の美しさに目を奪われ、まとはつい我を忘れた。

「須賀さん?」

「あ、あっごめんなさい。見とれちゃって……こういうのが好きなので、つい」

「ならちょうどよかった、なくさないようにね。とても大事なものだから」

「いいんですか? 大事なものなら、私に渡すのはまずいんじゃ……」

 まとの問いかけに「いいんだ」と答える。その声色には諦めにも似た感情があるように感じた。

「俺が持っていても意味がない。でも須賀さんなら意味があると思うんだ、勘だけどね」

「そう、なれるといいですね」

 アユムからペンダントを受け取り、改めて確認する。綺麗な模様は、まるで瞳のようにも見えた。

 すると、アユムがおもむろに立ち上がる。まとの横を通り過ぎ、裸足のまま上り框を下りた。

 玄関まで向かうと、なにをする訳でもなく夜空を見上げる。なにやら懐かしんでいるような、そんなふうに見えた。

 アユムに話しかけようと立ち上がる。まとが彼の背中に手を伸ばした瞬間、アユムはおもむろに振り返った。

 そして唐突に「そろそろ起きる時間だよ」と、まとに告げた。

「え?」

 おかしなことを言うものだと思った。しかし、不思議と納得する自分(まと)もいた。

 アユムの顔は闇に遮られたまま、最後までその素顔を見ることは叶わなかった。

挿絵(By みてみん)


 ※


「おーい、起きなよ。もしもーし」

 額をぺちぺちと叩かれている感触で目を覚ます。

 瞼を開けると、そこにはひとりの少年がいた。彼は眉間に皺を寄せたまま、まとの顔を覗き込んでいる。

「あ、起きた?」

「う、うわあ!」

 目覚めたばかりの為状況が飲み込めず、反射的に少年の頬を平手打ちする。

 予期せぬ攻撃をもろに受け、少年は地面に尻もちをついた。そして叩かれた頬を押さえ「なにするんだよ!」と、まとをきつく睨みつける。

「あっあんたこそだれよ!?」

 混乱したまま、勢いに任せて言い返す。少年も「はぁ〜!?」と、負けじと強気な姿勢を見せた。

「そりゃこっちの台詞だよ! 親切に起こしてあげたのに、とんだ仕打ちだな!」

「だからって、おでこ叩くことないじゃない!」

「呼んでも反応がなかったからだろ!」

 開幕早々に両者譲らぬ姿勢は気まずさを生んだ。ここから仲良くしろと言われても、きっと不可能だろう。

 少年はぶつぶつと文句を言いながら、上り框に腰を下ろした。

 まとは寝ぼけ混じりの頭でいなくならんのかいと、内心突っ込みを入れる。

 少年は疲れたー、とぼやきながら靴を脱いだ。

 リュックを無造作に置き、叩かれた頬を触る。まとが平手打ちした箇所は若干赤くなっていた。

 だからといって、罪悪感が生まれたわけではない。

「ここには誰かいないの?」

「私以外、いないよ」

 まとの返事に「ふーん」と興味なさげに反応する。

 程よく伸びた黒髪に、気の強そうな目をしている。横から見ればまるで女の子みたいだ。

「ところでさ、なんでそこで寝てたの?」

「なんでって、家の前に化け物がいたから……隠れてたの。気づいたら寝てた」

「気絶してたんだ」

「寝てたの!」

 なにかが気に入らなかったらしく、食い気味に言い返す。少年は引き気味に「わかったよ」と答えた。

 尻や足についた砂埃を払い落とし、まとも上がり框に座る。

 ふと、口元に涎の感触があることに気づいた。

 いったいどんな夢を見ていたのか、涎を垂らすほど呑気な内容だったのだろうか。しかし、その夢の内容も起きた際の衝撃で忘れてしまった。

 途端に恥ずかしさがこみ上げ、慌てて口元を手の甲で拭った。

「ん?」

 不意に、片手に覚えのない感触があることに気づく。思い当たる節がなかった為、恐る恐る確認した。

「……あれ?」

 手の中にはペンダントがあった。いつから握っていたのかわからない、ただ見覚えのある模様の石。

 そのペンダントをじっと見つめていると、まとはようやく夢の内容を思い出した。

(そうだわ、あたし……)

 全部思い出した。夢のなかでアユムと会ったこと、彼からペンダントを貰ったこと。

(あれは夢じゃなかった? でも、だとしたら……これはなんなの?)

 夢か現かもわからない、奇妙な感覚に襲われる。が。それも少年の「ねぇ」という言葉に遮られた。

「俺さあ、掲示板の張り紙を見てここに来たんだ。なにか知らない?」

「え、あなたもなの?」

 まとの返答に少年は怪訝そうな表情を見せる。どうやら少年もまた、まとと同じ目的を持っていたらしい。

「昨日からここにいるけど、たぶん誰もいないと思う」

「てことは、ここに望みはないかもね」

 少年は「はぁー」と深めの溜め息を漏らし、頭をポリポリ掻いた。

 見当外れだったことに苛立っているのか、あからさまな貧乏ゆすりまで始めた。

「まぁいいんじゃない? いないってことは、ここから出られた可能性もあるってことだし」

「出られたってどいうこと? もしかして、あなたはなにか知ってるの? あたしにも教えて!」

 彼がなにを知っているのか、まとは僅かばかりに見えた可能性へ縋りついた。

 その強引な様子に、少年は早速といわんばかりに呆れていた。

「あんたってば、ほんと……強引だな」

 少年はリュックのチャックを開けると、折りたたまれた和紙を取り出した。

 和紙はすっかり変色して古びており、相当前から存在するのは安易に想像がついた。

「これ見て」

 開かれた紙には、奇妙な地図が描かれていた。

 中央にある森を中心に、その周りには5つに分けられた区域がある。中央を含めて6つある地名は、すべてが掠れて読めなかった。

「たぶん、俺らはこの地図の左下にいる」

 そう言って、地図の中央から左下にある細長い区域を指差した。

「うーん、なんだろう? どっかで見たことあるような……そんな気がする」

 地図をじーっと見つめ続ける。が。見続けたところで、なにかがわかるわけでもなかった。

「たぶん、この中心に行けばなにかわかるかも」

「どうしてわかるの?」

「誰かが必死に集めてた情報を手に入れただけ」

「え、その人って……」

 まとの問いかけにさぁ、といった具合で首を傾げる。もうこれ以上、問いただしても意味がないことを察した。

 少年はせっせと地図を折り畳むと、先ほど脱いだ靴に再び足を通した。

「ここに人がいないなら、俺はもう行くけど」

「え? 行っちゃうの?」

「俺は家に帰りたい、1秒でも早く。でも俺は誰かと違って優しいからね、一応言ってあげるよ。一緒にくる?」

 なんと嫌味ったらしい口調だろうか。しかし、彼には嫌味を言うだけの理由がある。

 初対面で平手打ちは流石にやり過ぎたか、とここにきてようやく反省する。しかし後悔はしていなかった。

「いっしょに?」

「そ。あんたはひとりだと、すぐに死にそうだし。一緒に行動したほうがいいんじゃない?」

「ふっ……くっ」

 ――耐えるのよ、あたし!

 握り拳を作り、怒りを込めるように手へ力を入れる。

 まだ互いの名前は知らないが、内心「こいつ嫌い」と確信を得た。

 が、背に腹は変えられない。まとは渋々、本当に渋々といった様子で「いく」と答えた。

 これまた険悪な表情かつ、とてつもなく低い声で。

 その様子を前に、少年は「うわ嫌そう〜」と感情のこもっていない言葉を漏らした。

「俺、町村理多。いきなり平手打ちするのはもうやめてくれよ」

「あたしは、須賀まと。よろしくね……あなたがおでこを叩いたりしなかったら、あんな事にはならないよ」

 互いに手を差し出し握手を交わす。(まとにとって)不本意ながら、ふたりは共に行動をすることになった。

 とはいっても、理多は歳が近そうに見える。それなりに上手くやれるだろうと、まとは不安と共に腹を括った。

新たに登場した理多くんですが、初期の頃はもうちょっと、まとちゃんと仲が良かった気がします。今後の彼らに期待しましょう。

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