ホタル舞う夜は嫌いだ、なんて言ったら君は笑うだろうか
武頼庵様主催『やっぱり夏は○○○!!企画』参加作品です。
「ホタル舞う夜に君はなんと言ったのか」の続きなので、先にそちらをお読みいただければと思います。
また、ハッピーなエンドではないかなと思います。
あの日、東京に行くと言って、わたしを置いて二両電車に乗っていってしまった彼は、両手で抱えられるぐらいの箱に骨だけとなって帰ってきた。
ホタルはその日も、湖で優雅に空を舞っていた。
待っててくれって。
いつかまたあの湖で会おうって彼は言った。
そう言って、この町を出ていった。
夏にお祭りをやることや、無駄に暑いことぐらいしかないこの町から。
わたしはそれを信じた。
信じて、待つと決めた。
大学を卒業し、地元のなんてことない企業に就職して、けっこう大変な思いもして、わたしのことが好きだなんて言ってくれる人もいて……。
それでも、それでもわたしは彼を待った。
いつかまた、あのくしゃっとした笑顔が見られると信じて。
彼の葬式には行かなかった。
行けなかった、が正しいかもしれない。
だから、わたしは彼の中身が抜けてしまった外側を見ていない。
だからだろうか。
まだ彼がどこかに存在しているのではないかと思ってしまう。
まだ、いつか彼があの笑顔で帰ってくるのではないかと。
交通事故だったらしい。
道路に飛び出した子供を庇って車に跳ねられたと。
彼らしいと思った。
子供は彼に突き飛ばされて、膝を少し擦りむいただけで無事だったらしい。
一度、その子供の母親が彼の実家を訪ねた。
彼の家はわたしの家から見える場所にあったから、わたしは窓からそれをぼ~っと眺めていた。
母親はずいぶん若かった。
わたしと同じぐらいだろうか。
自分に近い年齢の人が母親になっているのを知ると愕然とするけど、いまはそんなことどうでもいいか。
母親は玄関先で彼の両親に頭を地面につけて謝罪していた。
彼の両親はしばらく呆然とそれを眺めていたけど、やがて2人で顔を見合わせると、彼女を優しく立たせてやった。
その後、彼女は両親に招かれて彼の実家に入っていった。
線香でもあげているのだろうか。
わたしはまだ、そんなことをしに行ったことはない。
しばらくすると、母親が家から出てきた。
心なしか、すっきりした顔をしている。
肩の荷が下りたとでも言いたいのだろうか。
「!」
そこで、彼の両親がこちらを指差した。
わたしは慌てて身を隠す。
なんとなく、彼女には見られたくなかった。
顔を合わせたくなかった。
どんな顔をすればいいか分からなかったし、わたしはきっと、彼の両親みたいには出来ないから。
そのあとすぐにウチのインターフォンが何度か鳴ったけど、共働きで家にいないわたしの両親が出ないそれに、誰も応えることはなかった。
母親はしばらくすると諦めたのか、キャリーケースをがらがらと鳴らしながら消えていった。
彼女はきっと帰るのだろう。
愛する我が子のもとへ。
彼が救った命のもとへ。
そして、またお祭りの夜がやってきた。
わたしは見せる人なんていないのに、また紫の生地に白い花があしらわれた浴衣に袖を通した。
お気に入りだった浴衣。
あれからはこの日にしか着なくなった浴衣。
神社の境内から森の中へ。
次第にお囃子の喧騒が薄れ、思い出したようにセミたちが声をあげる。
彼らは何をそんなに一所懸命に鳴いているのだろう。
わたしはなぜ、ずっと泣いていないのだろう。
やがて、森の向こうに涼やかな気配を感じる。
静謐としていて、人が入ってはいけない場所のようにも感じられる。
1人だと、それがやけに強く感じる。
ガサ、とかすかな音を立ててその空間に足を踏み入れる。
とたんにセミたちの声が聞こえなくなり、ぴんと張りつめた静寂が世界を包む。
「……やっぱり、キレイなのよね」
そこでは今年も、静かな湖の上をホタルたちが優雅に踊っていた。
いつでも変わらない、それでいて刹那的な光。
無数のホタルはそれぞれが自由に飛び回りながらも、ひとつの統一された生き物のように感じられた。
不規則ながらも統率の取れたような、そんな感じ。
わたしは湖の畔に腰をおろす。
ぼーっとホタルを眺めると時間の感覚までもなくなっていくようだった。
ホタルは人の魂を運んでいると、どこかで聞いたことがある。
夏とともに現れて、夏の終わりとともに、静かにどこかに消えるからだろうか。
ならば、ホタルが抱えているあの光は誰かの魂の光なのだろうか。
夏に迎えられた魂が再び還るための準備をここでしているのだろうか。
さしずめ、彼らはタクシー代わり?
「……ふふ」
そう思うと、なんだか笑えた。
「ん?」
そのとき、一匹のホタルがわたしの肩に止まった。
湖の上でくるくると回っているだけだったのに、どうして彼だけがわたしのもとに来たのだろう。
「……なぁに? あなたが慰めようとでもしてるの?」
わたしはホタルにそんな言葉をかけてみた。
他人の慰めに皮肉で返すようになってしまったのはいつからだろうか。
「……」
わたしはそのまましばらく、肩に止まるホタルと一緒に楽しそうに舞うホタルたちを見ていた。
『やっぱり夏はホタルだよな!』
彼がそう言っていたのを思い出す。
「……わたしは嫌いよ。あなたのいないこんな光景、わたしは嫌い」
そう呟いてみても、誰も応えてはくれない。
「待っててくれてありがとう。この湖で、また会えたな」
「……え?」
どこからかそんな声が聞こえた気がした。
わたしは周りをキョロキョロと見回してみたけど、どこにも、誰もいなかった。
「あっ!」
そして、わたしの肩に止まっていたホタルがパッと飛び出し、ホタルの群れへと合流していった。
「……ホタルの光は人の魂、か」
皆と合流したホタルはもうどこに行ったのか分からなくなってしまった。
そうか。
彼はもう、逝ったのか。
「……うっ」
そして、わたしはようやく泣けた。
いまは聞こえないセミの声に負けないぐらい、大きな声で。
ホタルも湖も月も、いまはそんなわたしを見守ってくれているような気がした。
いまはまだ、ホタルが嫌いだ。
でも、いつの日かまた、彼みたいにそれを好きだと言えるのだろうか。
夏はやっぱりホタルだと、この景色を見て、わたしはまた言えるようになるのだろうか。
それはまだ分からない。
いまはただ、彼らの御胸に抱かれて、わたしは涙が枯れるまでひたすらに泣き続けるだけだった。
七海糸様作




