第一話
ご都合設定です。ふんわりお読みください。
ぐろぉおお~と風なんだか叫び声なんだか、よくわからないおどろおどろしい音が響く深い森の入り口に私は佇んでいた。
「ここに入るのですか?」
「もっちろんよ。行くも地獄、戻るも地獄なんだから答えは一択。『進む』のよ!」
ちなみに私に力強く無責任な言葉をかけている人物の姿はここにはない。なぜならここには私と一本のほうきしかないのだから。
「ちなみに飛べないんですか?」
「やだぁ~。あんたの太ももに挟まれるなんてまっぴらゴメンよ」
「そりゃ失礼いたしましたね」
そう、このほうきは会話が出来る「魔法のほうき」だ。ちなみに「呪いのほうき」と呼ぶと拗ねてしまうから注意が必要だ。
そこで問題。
なぜ、私がこんな辺鄙な所にいるのか。
その答えは数日前、国王から突然告げられた一言が説明してくれる。
§
「ララティア元侯爵令嬢、貴様を『果ての森』に追放する!」
突然放たれた国王アレクセイの言葉に辺りは騒然とした。
「追放、ですか。私が……? それはまたなぜ……」
『果ての森』というのは国境にある深い森の名だ。一度入れば生きては出られないという危険な森だった。
全く要領を得ないという顔をしていたのだろう。苛立ったアレクセイは口から唾を飛ばしながら声を荒げた。
「しらばっくれるな! 王妃からお前の暴虐無人な振る舞いを聞いたのだ。他の侍女の手柄を自分のことのように報告し、仲間を虐げ、自分の作業を押し付けているそうじゃないか。思えば昔からお前はそうだった、なんて浅ましい女だ!」
「えぇぇ……」
正直びっくりだった。なぜならそれは全部私が周りの侍女たちからされていることだったからだ。辺りを見回すと侍女仲間がニヤニヤと笑っていた。
「王妃の慈悲で貴族籍から抜かれたお前を侍女にしてやったというのに、この恩知らずめ!」
「はぁ……」
(憂さ晴らしの対象になっていただけだと思っていたけど、それだけじゃ足りなかったのね。あ~あ、もう少し世渡り上手だったら違ったのかしら)
私はこっそりため息をついた。
ちなみに私は今でこそ足のむくみと腰痛に悩む侍女生活を送っているものの、何を隠そう数年前までは侯爵令嬢だったのだ。しかも当時王太子だったアレクセイの婚約者候補筆頭だった。
(なんでこんなに嫌われてしまったのかしら。私の方が座学も実技も成績が良かったから? あ、もしかして虫を素手で触れるからかしら? やっぱりあの時目の前に突き付けたのがまずかったのね。う~ん、頼りない方ではあったけど、真面目が取り柄だったんだけどなぁ……)
私がぼんやり考えていると、アレクセイの横からしゃなりと美しいドレスを身に纏った女性が現れた。王妃セシルだ。
「ララティア様、あなたが陛下への思いを捨てきれず、私を快く思っていないのはわかります。けれどその不満を他の侍女たちへ向けることはないでしょう?」
そう言いながらセシルは悲しそうに目を伏せた。いや、口元緩んでますけどね。
私は元々婚約者候補筆頭というだけで、婚約者ではなかったのだ。だが周囲は私を蹴落として次期王妃の座に収まりたい令嬢がたくさんいた。セシルもその中の一人だった。そして私への対抗心を人一倍燃やしていたのも彼女だった。
あれやこれや色んな手を使って無事アレクセイを篭絡したセシルは、様々な罪をでっち上げ、私を罪人に仕立て上げた。罪状はざっくりいえば「ひどい嫌がらせをされた」というものだった。ただしそれは全部私がセシル側からされたことだったのだが……。
そのせいで私は実家から籍を抜かれた挙句、「王太子妃の慈悲」という名目でセシルの侍女にさせられたのだ。そこで受けた仕打ちの数々は先に説明した通りだ。
「本来なら極刑に値するが、王妃が命は救えというのでな。『果ての森』への追放で許してやる。慈悲深い王妃に感謝するのだ」
「はぁ…」
私の力無い返事をどう捉えたのか、セシルは口元に浮かぶ笑みを隠そうともせず、何かを持っている侍女を呼び寄せた。そして受け取ったものを私に手渡した。
「ララティア様、悲しいですがどうぞこれをお持ちになって」
「これは……」
私の背丈ほどある長い木の柄、ふさふさの穂先。
「……立派な、ほうきですね」
セシルはしゃなりしゃなりとアレクセイの横に戻り、彼の腕を取りならが朗らかに告げた。悲しいんじゃなかったのだろうか。
「前王陛下が私たちに下さったほうきよ。生憎何かの『呪い』がかかっているらしくて、それなら私には必要がないからあなたに差し上げるわ。今のララティア様に最も必要なものだと思うの」
「はは、傑作だ! お前の汚れ切った性根を美しくするにはぴったりだ」
「どうぞ謙虚に振舞う心を思い出してくださいね」
前王陛下は重い病のせいで早くにアレクセイに譲位した方だ。今は静かな湖のほとりで療養していると聞いている。国民思いのとても立派な方だったのだが、アレクセイへの向き合い方だけは褒められるものではなかった。妻である王妃を亡くしてからというもの、遺言である「アレクセイを次代の王に」を何としてでも実現しようとしてきた方だからだ。
(私としては弟のベック殿下の方が為政者には向いていると思ったんだけどなぁ。とは言え、前王陛下も私の話は全然聞いてくれなかったから、あんまり良い印象はないんだけどね)
私は改めて手の中のほうきを眺めた。ごく普通のほうきである。
(前王陛下が下さったって、大事なものでしょうが。何考えているのかしら、この女は……)
私が心の中で呆れているとは知らず、セシルは満足そうに微笑んだ。
「どんな呪いかはわからないけれど、苦しまずに生きることを願っているわ」
§
ということがあり、私は怪しげな『果ての森』に一人、置き去りにされたのだ。ぽつんと佇む私の耳に、突然その声が届いたのだ。
「困ったことになったわねぇ」
「そうなんですよねぇ……。って、え? どこから?」
突然聞こえてきた自分以外の声に私はキョロキョロと辺りを見回した。
「アタシよ、アタシ! あぁ、ようやくお話できたわぁ~。あの女、気に喰わなかったんですもの」
「すみません、もう一度喋っていただけますか? どこから聞こえたのかがわからなくて」
孤独が紛らわせられるかもしれない期待から、私は耳を澄ませて待った。
「いやだわぁ~、このおまぬけさん。ここよ、コ・コ! ほ・う・き!」
その声に私は手に持っているほうきを慌てて見た。見たところ何の変哲もないただのほうきだ。
「あらあんた、肌のお手入れサボってるわねぇ。若さに頼っちゃダメよぉ」
「……どこに目ついてんですか」
「ちょっ、やめ! やめっ、ん……、や、止めなさいっ!! このスケベ!」
「わぁ、本当に喋ってる」
「あんたねぇっ、ちょっとそこに座んなさいっ!!」
あちこちまさぐった私はほうきに怒鳴られ、危うく説教されそうになった。
呪い、もとい魔法のほうきは中身の名を“ジュン”と名乗った。本名は別にあるらしいが、ジュンと呼んで欲しいらしい。
ジュンは私が追放されるまでの流れをある程度知っていた。その上で同情も共感もせずに私に告げたのだ。
「まぁあんたが考えるのは『これからどう生きるか』よ」
「『どう生きるか』……生き延びるか、の間違いではなく?」
私はその言葉に周りを見渡した。うっそうと茂る森の木々の中から感じるのは舌なめずりしながら獲物を狙う気配だ。
だがジュンはあくまでも前向きだった。
「ま、なんとかなるんじゃない? この大魔導士のアタシもついてることだし」
「ほうきじゃないですか」
「うっさいわね」
魔導士なのか、と思ったが長くなりそうなので私は詳しく聞くのを止めた。そうこうしているうちに日が傾き始めた。森を抜ければ隣国にたどり着くだろう。しかしその途中には様々な猛獣が蔓延っていると聞く。
そして会話は冒頭に戻る。
「さ、ここにいつまでもいるわけにはいかないわ。アンタにいいこと教えてあげる。アタシたちが生き延びる術はただ一つよ」
「ただ一つ……」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「大事なのはね、弱肉強食の“強”になることよ。生存競争に勝ち抜くの。力よ、全ては力が解決するわ」
「……ちから」
私はその言葉に一瞬眩暈を覚えたものの、このほうきの言っていることにも一理ある。何せ私を喰らってやろうという殺気が周囲からビンビン伝わってくるのだ。
(そうね、やはり力は大切……)
私はきゅっと前を向いた。
「まぁ、やってやれないことはないわね!」
「その意気よっ。まあアタシの方が強いんだから安心しなさい。さあ、いくわよぉ! で、あんた名前は?」
今更かい、と私は噴き出した。けれどこのお喋りなほうきが割と気に入ってしまっていた私は素直に名前を告げた。
「ララティアよ。ララで良いわ」
そうして私はジュンの穂先を上に立てて持ち、意気揚々と森に足を踏み入れた。




