ここに居たいと願う家(百合ふうふとその友人たち)
「やだやだ帰りたくなーい!」
旦那からの『迎えに行くよ』コールに、小雪が駄々をこねた。
もっとも、旦那からの電話口では「りょーかーい」と軽く受け答えしており、この駄々が始まったのは、電話を切ったあとからだ。
「出たよ、小雪の帰りたくない駄々」
「毎年恒例ってやつだね」
舞がみかんを向きながらのんびり言う。令子も、同じように暢気な調子で応える。彼女の手には、携帯ゲーム機。目線も、画面から外れない。
一軒の日本家屋。その一室。おこたには三人の女が入り、ぬくぬくと温まっている。テレビからは、退屈な正月番組が流れている。時刻は午後三時。西に傾いた陽射しが、障子越しに部屋を照らす。
「まったく。観念しなよ。明日から仕事なんだから。仕方ないでしょ」
「やだやだ! 早起き、〆切、もうごめーん!」
咲希が、台所からこの居間に入って来た。手にはお盆。お盆には、人数分の湯呑と急須。急須には、温かなほうじ茶が入っている。
「ありがと。持つね」
舞が手を伸ばし、お盆を受け取った。彼女の隣に、咲希が座っておこたに入る。
「まあ、旦那が来るまであと一時間はあるんだし。のんびりしよ」
「はー。私の実家タイムが終わってしまう……」
「私は、明日の朝はこっから出社しよっかな」
令子が、ゲーム画面を見たまま言った。
「スーツは持って来てるんだっけ?」
咲希が問う。
「そう」
「準備いいね」
こぽこぽと湯呑に茶を注ぎながら、舞が言った。
「私もそうしたい……」
「アンタには旦那を起こす任務があるでしょーが」
「ぴえん」
小雪はここを実家と偽り、正月中入り浸る。もちろん、旦那には流石にちゃんと説明しているが、義実家には『実家がうるさいので、実家に帰っている』という体で伝えてある。
小雪は、実家とほぼ絶縁状態だ。結婚の際の顔合わせだけ奇跡的に済ませたが、それ以外の連絡は一切断ってある。
義実家との関係は良好であるものの、『親戚付き合い』『正月顔合わせ』的な儀式めいたあれそれにアレルギーがあるため、ここへ逃げて来ているのだ。
令子は結婚していないが、似たような理由でここにいる。
この家は、彼女たちのアジールであり、聖域だ。
「……でも、嬉しいな」
机に頬杖をつきながら、しみじみと舞が言う。
「咲希とのこの家が、こうして『ここに居たい』って思われる『家』で」
嬉しそうに言う舞の横顔を見ながら、
「……そだね」
咲希は仕方なさそうに微笑んだ。
本当は、舞を独り占めしておきたい、と願う自分も居る。
正月くらい、ずーっと二人きりで外にも出ず、延々閉じていたいと望む自分も居る。
けど。
温かな家が欲しいと泣いていた舞が、こうして倖せそうに笑える『家』を自分が提供出来ているというなら。
そんな『みんながここに居たい』と願える『居場所』を二人で築き上げてきたというのなら。
それほど嬉しいことは無いとも、心から思うのだった。
END.