とある傭兵の諦念
「私は、理屈で片付けられないんです。一族の死を。なのにほかの皆は片付ける。歯を食いしばって。この胸に広がる炎を消し鎮める。何故そんなことができるか、私にはわかりません……」
セリアを許したエメラルドの大人たちが。
イラリオとファガレス、二人の仇を許したエスパーラの戦士たちが。
カナミには分からなかった。
「私がまだ子供だということでしょうか」
クウガは黙って聞いていた。
相槌を打つこともなく、じっとこちらを見つめたまま時折うなずく。
「悪いが、その相談には俺じゃあ乗ってやれないな」
「?」
「人を恨むという気持ちが、俺には分からんのだ」
クウガは、諦念と感慨とが入り混じったような笑みを見せる。
自分にはお手上げだとでも言うように。
「俺は、赤子のころに傭兵団に拾われて、物心つく頃には戦場にいた。身近な人の死とは、俺にとっては日常だ。悲しいとか、憎いとか、そんなこと考えたこともない。自分が死にたくない。いつだってそれが真っ先に来る。団が壊滅したとき、ほとんどの団員が死んだ。親代わりだった団長も死んだ。そんな時でも俺は、残念だ、そんな感想しか出てこないんだ」
「…………」
カナミは、自身の胸に秘める警報が作動するのを感じた。
恐怖を動力源にするこの警報が。
ああ、そうか。怖いんだ。
自信と全く違う常識で生きているこの男が。
そして分かった気がする。だから皆、許すんだと。
「本当に、俺のほうこそわからんよ。何故そこまで心を震わせることができるのか。恨みとは、憎しみとは。それほどまでに生きている実感を与えてくれるのか?」
「………………あなたには、生きている実感がないのですか?」
そこまで聞くと、クウガはしばし天を仰ぎ、その後にゃっと笑った。
「あるな!超がつくほど富豪な大商人になる。安い賃金で部下を馬車馬のように働かせて、自分は高い酒を片手に自堕落な生活を送る。どうだ、でっかい夢だろう?はっはっは!」
仇を憎むという気持ちも、死を悲しむという気持ちも無くしたその商人は、快活に笑った。
戦いの毎日。
その日常の中で失ったのか、それとも最初から持っていなかったのか。
そんなことはどうでもいいとでも言うように。
*
「戦を生業とする傭兵稼業というのは、命の軽い乱世の世でもさらに異端だ。なにせ軽い命を自分から投げ捨てているんだからね。感情の一部を失ったとしてもおかしくないよ。戦争による心的障害、いわゆるPTSD……とはまた違うか」
カナミが一部始終をディムルに話すとそんなことを言った。
いつもより少し真面目な顔つきで。
話している間にも、小刀で何かを削っている。
「自分に理解できない考えが怖いと思うのは自然なことだよ。脳みそってのはよくわからにものに恐怖するからね。暗い夜道に怖いものを連想してしまうのは、脳みそがわからないものを無理やり理屈づけようとしているからさ。俺はそこが泰平へのポイントだと思う。万民が自分と相手の違いを認めあえれば、きっと戦争はなくなるさ」
そう言ってくすりとほほ笑む。
「安直なグローバリズム論だけどね!」と付け足して。
いつだって、この人は前向きだ。
自分の中の哀愁も、クウガの中に潜む狂気も、正直あまり興味はないのだろう。
どんな人だって受け入れるから。
出会ってからまだ日は浅いが、きっとこの人はそういう人だ。
「受け入れないよ?」
「台無しです……色々と台無しですっ!」
ディー様はケラケラ笑った。
「受け入れられないから変えるんだよ!理不尽なこの時代を!」
そう言いながら、手際よく丸く削られた木片の中に文字を掘っていく。鼻歌交じりで。
………………。
「……それ、私にもできますか?」
「お、手伝ってくれるの?さんきゅー♪」
ああ、もう。この人と話していると、悩むことが馬鹿らしくなってくる。
カナミは少しだけ前向きになれた。




