ディムルのやり方
カノンノと別れた後、カナミは殺気立っていた。
味のある木造の城門を背に、足をトントンと鳴らしながら苛立ちげに待つ。
腰には真剣が差してある。
先の襲撃以来、カナミは帯刀が許された。
自分の主君は自分で守れとでも言うように。
「これは、カナミ殿ではありませんか」
声をかけてきたのはフォールだ。
「ひっ!?」
隠そうともしないカナミの不機嫌なオーラに、フォールに付き従う文官たちはぶるぶると震えた。
「ディー様はどこにおられる。今日は貴様の元にいたはずだ」
「とっくに帰したはずですよ」
「部屋に戻るにはこの道を通らなければいけないはずだ。入れ違いになるはずが……」
そこまで言うと、カナミは一つの可能性に至った。
フォールも同じ可能性を見たようで、ピーンと指を立てる。
「ああ、誰かに拉致された可能性がありますね、ってイタイイタイ」
「どこだっ!どこにいるっ!」
「知りませんよ、もうヤダ怖いこの人……」
フォールは襟首をつかまれガクガクされる。
しかし、日頃の行いからの僥倖か。視界の端にディムルを見つけたので懸命に指をさす。
「ディー様っ!」
カナミは実に嬉しそうに安堵の笑みを浮かべた。
「ころっと変わりますね、ころっと」
言った瞬間、叩かれた。
フォールはぐすん、とぞんざいな扱いを悲しんだ。
そんなことよりディムルだ。
労務はずいぶん前に終わったというのに、あの王子はどこで道草食っていたのか。
「へえー、商売を始めるのに人に金を出してもらうのか。借金とも違うんだよな?」
「うん、投資家も事業主と同じようにリスクを負うんだ。もらったお金は返す必要はない。その代わり商売がうまくいけば優先的に分け前をもらう。株式会社っていうんだけどね」
「ふぅん。そんな仕組みがあるのか。お前、商売に詳しいんだな、もっと色々教えてくれよ」
「ふふふ、よかろう、ワシの指導は厳しいぞよ?」
「はっ、お願いいたします。お師匠。なんつってな」
((また友達作ってる……))
カナミとフォールは何とも言えない気分になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
男の名はクウガというらしい。
背が高く、一本芯の通ったようなどっしりとした体格の持ち主。
つけている眼帯やその雰囲気からも、とてもではないが堅気には見えない。
「クウガはこないだまで傭兵だったらしいよ、ここよりもずっと東から来たんだって」
ああ、なるほど。
確かに、来ている服や装飾物はエメラルドのものともエスパーラのものとも違う。
この男はエスパーラの者ではない。その事実はカナミの心を落ち着けた。
ちなみにレアンドロとフォールはもういない。
ディムルにクウガを紹介した後すぐレアンドロは立ち去り、フォールはカナミが追い払った
「何故傭兵から商人を?」
「戦で団の大半が死んでな。幹部たちも死んで団を保つことができなくなった。それに、あんな仕事、命がいくつあっても足りないと気付いてな」
「これは……辛いことを思い出させてしまいました……」
「別に、少し残念だとは思うが。今は商人として身を立てることしか頭にないさ。仲間たちと一緒にな」
はっはっは、とクウガは快活に笑った。
その眼には悲壮感は全く含まれていないように見える。
「それで、今はこの坊主にスカウトされていたところだ」
クウガは親指でディムルのほうを差した。
「僕は本気だよ、一緒に時代を変えようよ」
ディムルはあまりに真剣な目でじっとクウガをのぞき込む。
それにはクウガもたじろいだ。
小一時間この少年と話をした。
もうディムルのことをただの子供には見れないのだ。
「駆け出しとはいえ俺は商人だ。理想や思想で動く気はないぞ」
「つまり、これしだいだろう?」
人を動かすのは情と利。
ディムルは指で輪っかを作りながら少し笑う。
「傭兵ってのは、命令をこなしてサラリーをもらう労働者。でも商人は違う。自己の才覚で稼ぐビジネスマンだ」
「ほう」
「さっき話したよ。株式会社。今後伸びる株に対して投資するんだ。君の目の前にいる男は、世界最大の宝石産出国エメラルド国の嫡男だよ。そして、後に時代を変える賢王だ。投資しておいて損はないよ。いや、させない。俺を使って、いっちょ儲けてみないかい?」
そこまで言うと、ディムルはにっこりと笑って右手を差し出す。
打って変わってクウガは顎に手を難しそうにうなる。
ディムルの提案、一見メリットは大きい。
王族とつながりを持てるということは、かけだし商人の彼からしたらビッグチャンスとも言える。
しかし、
「……これで金を出したら、俺はビジネスマンってより博打打ちだよ」
クウガは惑わされなかった。
彼の言う通り、これはただチャンスでしかないのだから。
「王族って言っても、自国に見捨てられた哀れな人質だろう?国に戻れる保証もなければお前が出世できる根拠もない。そんなやつに金は突っ込めんさ」
もっともな理屈だ。
ディムルに忠誠を誓うカナミでさえそう思った。
今の確たる身分の持たない自分たちを、誰が信じるというのか。
「意義あり!」
ディムルののんきな声が天を仰いだ。
片目を瞑り、にゃっと言った感じに笑う。
この飄々とした態度の裏には深い意図があるはず。
カナミはそう思い、主君の快刀乱麻な切り返しに耳を傾ける。
「君、今日いったいどれだけ商品が売った?総売り上げは?粗利は?純利益は?まともに稼ぎも出せない。商売のイロハも知らない。そんな君が、何故俺より正しい答えを出せた気でいるんだい?師匠の提案を跳ねのけようなんて10年早いよ」
……ただの安っぽい挑発だった。
クウガの年は20を超えたころだろうか。
しかし、物腰を見るともっと上にも見える。
この落ち着き払った青年がそんなものに乗るとは思えない。
「はっはっは。実に浅はかな煽り文句だ。乗るけどな!」
乗るのかっ!?
「お前は俺より賢くて、金儲けが何たるかわかってる。だから自分に従え、儲けさせてやる。それがお前の言い分だろう。だが残念なことに、真に賢い俺にはそんな詭弁は通じないんだ。商人ってのは根拠無い妄言には付き合わないもんだしな」
「あっそ。なら根拠示すよ」
「どうやって?」
「行動で」
二週間後、ディムルはクウガに売れる新商品を紹介することとなった。
自分のほうが格上の商人である。それを示してやると。
クウガはあっさりと引き受けた。
ありがたくも自分の益になるかもしれない話を無償で提案してくれるのだ。特に断る理由はない。
その商品が売れそうなら売り、くだらないものなら一蹴する。それだけだ。
これがディムルのやり方なのかもしれない。
相手に断る理由を与えない。
得しか与えず、飴のみを使って相手の動きを制限する。
全てはディムルの思い通りなのではないか、不思議とカナミにはそう思えた。




