ディムルの本領①
一夜明けた。
カナミはディムルの顔が見れなかった。
そそくさとディムルと別れ、城内を回る。
「ああ、時間を巻き戻したい……」
顔に熱がこもる。
支えるべき、王子殿下の前で涙を流した。
3つも下の子供の前でわんわん泣いた。
あまつにも、泣き疲れて眠りだすなど……。
「はぁーっ」
大きくため息をつき、流れる小川をのぞき込む。
カナミの眼の下には、泣きはらした跡が残っていた。
(少し、すっきりしたかもな……)
あれだけ大声で泣いたんだ。そうでなくては困る。
カナミは拳を強く握った。
(やることは変わらない。王子殿下を守り、この城都を脱出する)
必ず、エメラルド国にお連れする。
懐深きエスパーラ。
我らに行動の自由を与えたことを後悔させてやる……。
決意とは裏腹に、ふと、昨夜の記憶がよぎる……。
「心音って、聞くと落ち着くんだな……」
カナミは顔を真っ赤にしながらぶんぶんと頭を振る。
「絶対に、絶対に殿下を、ディー様を……」
『なあ、聞いた?人質のこと』
修練場の方から、兵士たちの声が聞こえた。
なにやら情報が得られるかもしれない。
カナミは素早く物陰に身を隠し、聞き耳を立てる。
『ああ、聞いた聞いた。エメラルド国、うちの要求をつっぱねたんだろ?せっかく無理して王子をさらってきたのに、意味がなかったな』
『ああ、まさか嫡男を見捨てるなんてな。敵国のことだけど、あの王子が流石に不憫だぜ』
『そう?俺はざまーみろって思うけど?』
『ははは、気持ちは分からんでもないわ』
その後も兵士たちは雑談を続ける。
しかし、カナミはもう聞いていなかった。
大切な情報はもう聞けたから。
「王陛下が、王子殿下を見捨てた…?」
我らは国に切り捨てられたのか。
じゃあ、王子は?
人質としてさらわれて、利用価値のなくなった王子は?
タンッ!
物陰から強い音が聞こえ、兵士たちは振り向いた。
しかしそこには、もう誰もいなかった。
*
「一難、去ったか」
その日の晩、部屋に戻ったディムルは布団に転がった。
時間は遅いというのに、カナミは戻って来ない。
よくあることだ。
この国での生活。
カナミとディムルは基本別行動をしている。(主にディムルがあちこちに好き勝手に動いているからであるが)
食事は置いておいてもらえるから、好きな時間に部屋に戻って食べればいい。
カナミはカナミで行動しているのだろう。
この国で生き延びるために。
無茶な真似をしないか心配ではあるが、自分も十分無茶苦茶やっているのでとやかく言えない。
なにより、彼女の行動を制限できる立場に自分はいない。
「もう、一難だよな……」
怖い。
自分の策が成功するのか。それがどうしようもなく。
それは自分の命だけでなく、カナミの命も賭かっているから。
もう、賽は振られたんだ。
後は待つことくらいしかできない。
考えても意味がない。
それでも、
怖い。
こんこんっ。
木製のドアの方から小気味よい音が響く。
ドアは開けられており、フォールが苦笑して立っていた。
「普通、ドアを開ける前にノックしません?」
「固いこと言いっこなしでいきましょう。私と王子殿下の仲ではありませんか」
「どんな仲ですか…」
誘拐された被害者と実行犯。
一発殴ってもいい気がする。
「ふふ」
「あはは」
二人は胡散臭げに笑った。
「少し、歩きませんか?」
「……喜んで」
ディムルは予見した。
結果が来たのだと。
振られた賽はどんな目を出したのか。
*
こじんまりとした部屋に、申し訳程度のランタンが一つ。
薄暗い執務室の机に向かい、ゲイル将軍は積み上げられた資料に眼を通していた。
エスパーラ帝国は新興国家。
法の整備も軍の指揮系統もまだまだ確立しきれていない。
若くしてこの城都を任せられているゲイルには、やることは山積みにある。
ふいに。
窓が開かれ優しい風が通る。
ランタンの明かりが揺れ、影が伸びる。
等身大の影が。
背後にそびえたつ影に、資料から一切眼を離さず頬杖を突いたままゲイルは問う。
「俺に何か用か?」
背後から喉元に向かって短剣の切っ先が突きつけられる。
薄暗い執務室に、短剣の刀身が妖しく光った。
「口を閉じろ」
背後に立つカナミは、普段とは大違いに目つきを鋭く尖らせた。
瞳の中に冷たい炎が宿る。
「その短剣はどこから盗ってきた?ここまで侵入を許した件といい、警備の兵は減俸ものだな」
この状況であるというのに、ゲイルは眉一つ動かさない。
その態度にカナミは苛立った。
「口を閉じろと言っている」
「大した言い草だ。他人の仕事場に土足で入り込んでおいて」
すぱッ!
カナミは、辺りの資料を力任せに斬り払う。
その鮮やかな切り口をゲイルは冷ややかに見つめた。
「口を閉じろ。抵抗するな。死にたくなければ従え。貴様には、王子殿下を逃がすための人質となってもらう」
「人質の人質が人質を取るか。面白い馬鹿だな」
カナミの静止など聞かない。
ゲイルはどこまでも不遜な態度で腕を組む。
「逃げてどうする?この城都を抜けても、エメラルド国まで幾重の障壁があると思っている」
「少なくとも、この城都にいるよりましだろう…!ここにいれば間違いなくあの方は殺される!」
「何故?」
「………国に切り捨てられた王子殿下にはっ!利用価値がなくなったからだっ!」
実に悔しそうに、カナミは答える。
彼女なりに、国に対する怒りがあるようだ。
ゲイルはそこまで聞くと、クツクツと声をかみ殺して笑った。
「何故俺たちが殺す?あの小僧にはまだ価値があるのに」
「え?」
あまりに予想外な返答に、カナミは眼を大きく開いて驚いた。
ゲイルは愉快気に告げた。
「帝国は、あの王子を殺さない」




