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乱世の転生者  作者: 情熱のデンプシー
第一部 乱世転生編  第3章 家族
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己の進む道


 夢を見た。



 赤子の頃の夢だ。



 寝返り一つ満足にできない、ただすやすやと寝る事しかできない赤子の頃。



 俺の寝室に一人女の子が入ってきたことがある。



 女の子は赤子の俺の顔を覗き、


「か、かわいい。…………ほっぺとか柔らかいのかな……」


 手を伸ばしてきた。




『何をされているっ!!!』




 これが、7歳のサラ姉上が起こした暗殺未遂事件。


 いいがかりにもほどがある。


 今思えば、反王妃派の陰謀だったのかもしれない。


 7歳の姉上はすごむ大人に何も言えず、母を失い味方のいなかった彼女は、何の抵抗もなく犯人に仕立て上げられた。



 生後直後から既に自我があった俺は知っている。


 幼い弟の頬に触れようとした。それだけだ。



 生後直後から自我のあった俺は知っている。


 あの父上が、時折人目を盗んで俺を抱きにきていたことを。


 だらしなく緩み切ったその頬は、どこまでも人間らしくて。


 世界は変わってもヒトの本質は変わらないことを教えてもらった。



『王族とはヒトではない』



 嘘をつけ。

 あんたたちは人間だ。


 家族を愛したい、愛されたい、そんなちっぽけなことのためにもがく。

 愚かでかわいい人間だ。




*




「おはようございます」


 眼を覚ますと見慣れた天井が見える。

 どうやら自室に寝かされていたようだ。


 少しずつ意識は覚醒し、状況を把握する。


「なんか俺っていつも気絶してるな」


 イリーナやローランの時を思い出して苦笑する。


「それほど無茶をなさっているということではありませんか」


「まあ、男の子だからね。これくらいがちょうどいいさ」


 側で控えていたのはアイシャ……ではない。


 つり気味の瞳に長身の女性。


 オカリナ・ベルトルト。

 サラ姉上の従女だ。


「王子殿下にはしばらくの間ご謹慎いただきます。使っていいのはこの部屋と学習室、それとすぐそこの中庭だけです」


「王に牙をむいたにしては寛大な処置だね。それで、アイシャは?」


「ご謹慎中は我が主のもとに。そして王子殿下のお世話は私めが務めます」


「シャッフルってわけだね」


「どのみち罰が悪いのではありませんか?」


「それは……そうだね。正直意外だった」


 アイシャが俺に敵意を向けたことが。


 アイシャだけは、何があっても俺の味方だと思っていた。


 俺の行動を止めたり叱ったりすることはあっても、敵に回るだなんて思ってもみなかった。


「アイシャは、王陛下の忠臣ですから」


「知らなかったよ……父上の前ではいつもカチコチになってるくせに」


「お慕いしているからこそでしょう」


 少しの愛想もなく、淡白に言い切る。


 オカリナの眼は冷たいかった。


 サラ姉上と同じだ。


 彼女は俺を見ると、いつも苛立っている。

 主君の理不尽な運命に、向ける拳の場所が他にない。そんな苛立ちだ。


「……ありがとう、オカリナ。姉上を支えてくれて」


 おかげであの人は独りぼっちにならずに済んだ。


 そう言うとオカリナは、身を震わせ泣き出した。



「お許しください……殿下……。あなたさまに非などない。ただ生まれて、その才覚を活かして、研鑽を積む……あなた様は何ひとつ悪くないというのに……どうしても、あなた様のことをご敬愛できない……私は、嫌になるほど矮小な人間です……」



 オカリナは俺を憎んだ。


 主君の幸せも、華々しい人生も、全てを奪った俺を憎んだ。


 俺は、それがなにより嬉しかった。


 姉上は、決して透明な存在なんかじゃない。

 見ている人はいるんだ。

 そう思えて。



 そして俺は、



「殿下はこの後、どうなさるおつもりですか」


「……」


 この後。

 どうするんだろう。



 年甲斐もなくぶっちぎれた昨夜。

 我ながら愚かな真似をしたと思う。


 父は意味もなく娘を嫁に出そうとしたわけではない。

 国の窮地を救うためだ。


 多少不利な内容であっても、セリア王国と和議を結ぶしかエメラルド国を守る手段はない。


 相手は西域一帯を支配下に置く大国なのだから。



 俺は……泣く泣く娘を差し出す、父の本心が分かっていたはずなのに。


 何の代案もなく、感情論で物を言い、最後には暴力に頼った。



 顔が次第に熱くなってくる。



 ぬるま湯な環境で甘やかされているうちに、心までガキになり下がったか……。




「ふ……!ふっ!」




 それから俺は、来る日も来る日も剣を振った。

 いつもの子供用の木刀ではなく、ローランが使っていた身の丈ほどもある大剣だ。


 長い。そして重い。

 正しく振れない。


 一振りごとに身体がぶれてもたつく。


 重心が違う。

 力の入れ方が違う。

 振り方そのものが違う。

 剣にそう教えられているように感じる。


 ローランは今の俺より小さいころからこれを振っているらしい。


 今さらながら彼のすごさが分かってきた。



(へその……下!)



 ローランは、最強の武人として天下に名高い大元帥になる。


 そのために剣を磨き、力をつけて戦場に行く。

 手柄を立てて出世する。


 それがローランのキャリアプラン。



『ブースト!』



 最早十八番となった、肉体強化の魔法で締めなおす。


 イリーナは、魔法は人々に幸福を与えるものだと信じた。

 だから魔法を教えながら各国を渡り歩く。魔法により、人々の生活を豊かにしようと。


 それがイリーナのキャリアプラン。



「ふっ!ふっ!」



 父は、私心を捨てて国を守ろうとする。


 ひいては国民を守ろうとする。

 実の娘を切り捨ててでも。



 そして姉上は……ただ愛されたかった。


 自分の唯一の肉親に。

 まだ15にもならないその少女はそれだけを望んだ。



「ふっ!ふっ!」



 それで俺は?



『この後、どうなさるおつもりですか?』



 治癒魔法を学び、剣術を磨いた。


 しかし、これらはあくまで生き抜くための手段に過ぎない。


 俺は何のビジョンも持っていない。

 未だに何のキャリアプランも描けていない……。



「ふっ!ふっ!!」



 夜ごとに吹き出す吹雪の中、来る日も来る日も俺は剣を振った。


 エメラルド国の冬は厳しい。

 壮大な大河すら凍てつかせるこの寒気は、弱者を廃絶するかのように、自分の全てを否定してくれる。


 それが今は少しだけ心地よかった。




(俺はこの世界で何を成し遂げたい……)

(この世界で何をしたいんだ……)

(この乱世の世で何を……!!)




 人生は楽しんだものが勝者だ。

 陳腐な言葉だが真理だと思う。


 少なくとも、「俺」はそう思う。




 振って振って振って。


 答えが出た時には、春が来た。




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