己の進む道
夢を見た。
赤子の頃の夢だ。
寝返り一つ満足にできない、ただすやすやと寝る事しかできない赤子の頃。
俺の寝室に一人女の子が入ってきたことがある。
女の子は赤子の俺の顔を覗き、
「か、かわいい。…………ほっぺとか柔らかいのかな……」
手を伸ばしてきた。
『何をされているっ!!!』
これが、7歳のサラ姉上が起こした暗殺未遂事件。
いいがかりにもほどがある。
今思えば、反王妃派の陰謀だったのかもしれない。
7歳の姉上はすごむ大人に何も言えず、母を失い味方のいなかった彼女は、何の抵抗もなく犯人に仕立て上げられた。
生後直後から既に自我があった俺は知っている。
幼い弟の頬に触れようとした。それだけだ。
生後直後から自我のあった俺は知っている。
あの父上が、時折人目を盗んで俺を抱きにきていたことを。
だらしなく緩み切ったその頬は、どこまでも人間らしくて。
世界は変わってもヒトの本質は変わらないことを教えてもらった。
『王族とはヒトではない』
嘘をつけ。
あんたたちは人間だ。
家族を愛したい、愛されたい、そんなちっぽけなことのためにもがく。
愚かでかわいい人間だ。
*
「おはようございます」
眼を覚ますと見慣れた天井が見える。
どうやら自室に寝かされていたようだ。
少しずつ意識は覚醒し、状況を把握する。
「なんか俺っていつも気絶してるな」
イリーナやローランの時を思い出して苦笑する。
「それほど無茶をなさっているということではありませんか」
「まあ、男の子だからね。これくらいがちょうどいいさ」
側で控えていたのはアイシャ……ではない。
つり気味の瞳に長身の女性。
オカリナ・ベルトルト。
サラ姉上の従女だ。
「王子殿下にはしばらくの間ご謹慎いただきます。使っていいのはこの部屋と学習室、それとすぐそこの中庭だけです」
「王に牙をむいたにしては寛大な処置だね。それで、アイシャは?」
「ご謹慎中は我が主のもとに。そして王子殿下のお世話は私めが務めます」
「シャッフルってわけだね」
「どのみち罰が悪いのではありませんか?」
「それは……そうだね。正直意外だった」
アイシャが俺に敵意を向けたことが。
アイシャだけは、何があっても俺の味方だと思っていた。
俺の行動を止めたり叱ったりすることはあっても、敵に回るだなんて思ってもみなかった。
「アイシャは、王陛下の忠臣ですから」
「知らなかったよ……父上の前ではいつもカチコチになってるくせに」
「お慕いしているからこそでしょう」
少しの愛想もなく、淡白に言い切る。
オカリナの眼は冷たいかった。
サラ姉上と同じだ。
彼女は俺を見ると、いつも苛立っている。
主君の理不尽な運命に、向ける拳の場所が他にない。そんな苛立ちだ。
「……ありがとう、オカリナ。姉上を支えてくれて」
おかげであの人は独りぼっちにならずに済んだ。
そう言うとオカリナは、身を震わせ泣き出した。
「お許しください……殿下……。あなたさまに非などない。ただ生まれて、その才覚を活かして、研鑽を積む……あなた様は何ひとつ悪くないというのに……どうしても、あなた様のことをご敬愛できない……私は、嫌になるほど矮小な人間です……」
オカリナは俺を憎んだ。
主君の幸せも、華々しい人生も、全てを奪った俺を憎んだ。
俺は、それがなにより嬉しかった。
姉上は、決して透明な存在なんかじゃない。
見ている人はいるんだ。
そう思えて。
そして俺は、
「殿下はこの後、どうなさるおつもりですか」
「……」
この後。
どうするんだろう。
年甲斐もなくぶっちぎれた昨夜。
我ながら愚かな真似をしたと思う。
父は意味もなく娘を嫁に出そうとしたわけではない。
国の窮地を救うためだ。
多少不利な内容であっても、セリア王国と和議を結ぶしかエメラルド国を守る手段はない。
相手は西域一帯を支配下に置く大国なのだから。
俺は……泣く泣く娘を差し出す、父の本心が分かっていたはずなのに。
何の代案もなく、感情論で物を言い、最後には暴力に頼った。
顔が次第に熱くなってくる。
ぬるま湯な環境で甘やかされているうちに、心までガキになり下がったか……。
「ふ……!ふっ!」
それから俺は、来る日も来る日も剣を振った。
いつもの子供用の木刀ではなく、ローランが使っていた身の丈ほどもある大剣だ。
長い。そして重い。
正しく振れない。
一振りごとに身体がぶれてもたつく。
重心が違う。
力の入れ方が違う。
振り方そのものが違う。
剣にそう教えられているように感じる。
ローランは今の俺より小さいころからこれを振っているらしい。
今さらながら彼のすごさが分かってきた。
(へその……下!)
ローランは、最強の武人として天下に名高い大元帥になる。
そのために剣を磨き、力をつけて戦場に行く。
手柄を立てて出世する。
それがローランのキャリアプラン。
『ブースト!』
最早十八番となった、肉体強化の魔法で締めなおす。
イリーナは、魔法は人々に幸福を与えるものだと信じた。
だから魔法を教えながら各国を渡り歩く。魔法により、人々の生活を豊かにしようと。
それがイリーナのキャリアプラン。
「ふっ!ふっ!」
父は、私心を捨てて国を守ろうとする。
ひいては国民を守ろうとする。
実の娘を切り捨ててでも。
そして姉上は……ただ愛されたかった。
自分の唯一の肉親に。
まだ15にもならないその少女はそれだけを望んだ。
「ふっ!ふっ!」
それで俺は?
『この後、どうなさるおつもりですか?』
治癒魔法を学び、剣術を磨いた。
しかし、これらはあくまで生き抜くための手段に過ぎない。
俺は何のビジョンも持っていない。
未だに何のキャリアプランも描けていない……。
「ふっ!ふっ!!」
夜ごとに吹き出す吹雪の中、来る日も来る日も俺は剣を振った。
エメラルド国の冬は厳しい。
壮大な大河すら凍てつかせるこの寒気は、弱者を廃絶するかのように、自分の全てを否定してくれる。
それが今は少しだけ心地よかった。
(俺はこの世界で何を成し遂げたい……)
(この世界で何をしたいんだ……)
(この乱世の世で何を……!!)
人生は楽しんだものが勝者だ。
陳腐な言葉だが真理だと思う。
少なくとも、「俺」はそう思う。
振って振って振って。
答えが出た時には、春が来た。




