プロローグ③
前世の記憶を引き継いで生まれ変わった。これは間違いない。
正直戸惑いが大きい。しかし生まれ変わってしまったものは仕方がない。
折角の2週目の人生だ。前と同じく楽しめるように努力することに労力を割くとしよう。
さて、次に気になるのはここはいったいどこかということだ。
周囲の人の着ている服、話している言語からして日本ではない。それは分かる。
だがそれ以外は全く見当がつかなかった。
これでも若いころは世界中を旅してまわったことがある。
世界の言語、文化にはそれなりに詳しいつもりだ。
しかし、話している言語に全く聞き覚えがない。
室内にはベッド一つしかなく、飾りげの無い木製の個室。
そして周囲の人の服装は……例えるなら中世記におけるフィンランド風といったところか。
この中で一番上等な服を着ている俺の父親らしき男性を見てそう思った。
彼は装飾きらびやかな鎧を身に纏っている。
いや、中世フィンランド風ではなくひょっとしたら中世フィンランドなのかもしれない。
俺は生まれ変わったのだ。
そんな非科学的な状況なのだし何が起こってもおかしくない。
しかし、未来ならともかく過去への生まれ変わりか。ふむ。
そんなのんきなことを思っていると、ふいに部屋を爆音が包む。
うお、なんだ。さっきから外がうるさいと思ったが……
次の瞬間ドアが思い切り開けられ、大きな剣を抱えた男が飛び込んできた。
俺は彼を見てぎょっとした。
血まみれなのだ。
体のあちこちから血が滴り、頭部に至っては、右半分にむごたらしい火傷がついている。
「伝令!セリア王国軍本隊が到着、リザニア峡谷をはさみわが軍とにらみ合いを続けております。最早一刻の猶予もございません!!陛下、どうかご援軍を!!」
言語が違うので何を言っているのかさっぱり分からない。
しかし、結局は同じ人間だ。表情や仕草から直接的・間接的に感情を読み取れば、言いたいことは何となくわかる。
つまり、戦時なのだろう。
男は息も絶え絶えに俺の父(仮)に対して報告する。
血が止まらず、呼吸もおかしい。
おい、まずいぞ、この男は死ぬ。そう思って俺は目を伏せた。
「〜〜〜」
え?
視界にふと光が見えた。顔を上げると俺の母(仮)が男の傷口に手を当てているではないか。
そして、母の手からは緑色の淡い光が……
しばらくすると男の血は止まり、なんと顔の火傷も治っていた。
多少後は残ったが、精悍な顔つきに光が宿る。
まるで魔法だ。いや、まさか本当に魔法なのか?
ここまで得た情報。それを結び付けて思案する。そこで一つの仮説が生まれた。
ひょっとして、異世界?
◆◇◆◇◆◇◆◇
生まれ変わって6年が経った。
赤ん坊のころは地獄だったな。当然の事だろうが、身体もほとんど動かせずに一日中寝ているしかないのだ。
前世では寝る間も惜しんでエネルギッシュに働き続けていた副作用か、一日中寝ているだけというのは非常につらい。毎日毎日ぼーっとしていると馬鹿になってしまいそうだ。
また、食事は美味くもない母乳や離乳食だし、何より一人で用が足せないのが屈辱だった。
生まれて3か月ほど経ち、ハイハイができるようになった時は感無量だったな。
それ以来、俺は世話係の眼を盗んで部屋からの脱走を繰り返し、この世界の情報を集めた。
そして5年半。ある程度世の中のことが分かってきた。
俺が推測していたように、この世界は異世界だ。剣あり魔法アリの世界観だ。
そして、この世界は未曽有の戦争時代に直面しているらしい。
まだ深いところはよくわからないが、300年ほどの間様々な国々が自国の利益を求めて各地で植民地戦争を繰り返している。
俺の話もしよう。
俺の新しい名前はディムル・エメラルド。山の国『エメラルド国』の王家の長男として生まれた。上に姉が2人いる。
エメラルド国は、国土のほとんどが険しい山脈でなされており、そこから採れる鉱物などの資源を主な収入源にしている。
分かりやすく言うと、小国ながら金銀宝石がざっくざくなのである。
ははは、羨ましいだろう。その分隣国に狙われるけどな。
「あ、またこんなところに!!」
父の書斎に忍び込んで知識をむさぼっている俺を若い女性の使用人が見つける。
「いい加減にしてくださいよディムル王子!!こんなところに無断で入って、怒られるのは私なんですからね!」
仮にも王子である俺の首根っこをひっ捕まえて、片手で軽々と持ち上げる。
彼女は俺の守り役であるアイシャだ。
単なる世話係だけでなく、護衛や教育係も務めてくれている万能従者だ。怒らせるとすごく怖い。
「あっはは。やだなアイシャさん。怒ったら折角の美人が台無しですよ!」
「そいつはどーもです!ほら、ばれないうちにずらかりますよ!全く、変な言葉ばかり覚えるんだから!」
俺を軽々と抱きかかえながらぶつくさ言う。
しかし、顔がほんのり赤くなっているのを見逃さない。
意外と照れ屋なのだこの人は。
「お父上である王陛下は今も国境で奮戦していられるのですよ!王子も陛下がお帰りになられるまで、少しでも学問を頑張らないと怒られちゃいますよ」
「心配ないですよ。僕が優秀なのは、アイシャさんが一番よく知っているでしょ?」
きらり、と決め顔で横ピース。アイシャはぐぬぬと悔しがる。
一応俺は城内の散策癖を除けば聡明な王子で通っている。
と言っても反則みたいなものだけどね。なにせ前世の35年分の知識や経験があるんだ。
算術なんて楽勝だし文法さえ理解できれば文字の読み書きも難しくなかった。
個人的にはもっと高度な勉強がしたいのだが、流石に6歳児が経済の流通や世界の歴史背景などを学ぼうとするのはひかれるだろう。
「とすると独学か。やはり書斎に忍びこむしかないな……」
「何を企んでいるんですかっ!!」
すぱんっ、と頭をはたかれる。王子である俺にここまでやるのは彼女くらいだろう。
まあ、そんなこんなで新しい人生、楽しくやれている。、
あくまで今のところは、だけどね。
剣と魔法の異世界で、それも王族に生まれて、最初は年甲斐もなくわくわくしたものだ。
しかし、よくよく考えるとまずいもんだ。
乱世の世に資源に富んだ小国、蹂躙される気しかしない。
現に俺の生まれた日も、今だって敵国の侵攻にあっている。
今のところは父が上手くやっているようだがそれもじり貧だ。
滅亡の危機に瀕していると言っても大げさではないだろう。
そんなところの王族に生まれてもねぇ……。
俺の座右の銘は「人生を楽しむ」だ。
当然のことだが、そのためには生存は絶対条件だ。
いかにしてこの時代を生き抜くか。
そして、その後どのような人生を送ることを目指すか。
世の中の事が分かってきた今だからこそ、キャリアプランを練る時かもしれない。
これでプロローグ編は終わり、次回から本編が始まります。
少しでも「続きが気になるぜー」となった方は、コメント・評価・ブックマークを是非よろしくお願いします。
作者のモチベが爆上がりします(笑)