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九話

「……ま。再会を祝うのは今はこのくらいにして。それ、で、怪我人がいるの?」


 先程聞こえてきた言葉が確かであるのかの確認を行いながら、私は軽く腕をまくる。


 一年前まで在籍していた『王立魔法学院』。

 そこでイグナーツ達と組んでいたパーティーの中で、私の役割は主にヒーラーだった。

 それ故、必要なら力を貸すよと言わんばかりに行動で示してやると苦笑が向けられる。


「……ええ。二人ほど。でも……、そう、ね。うん。レラさえ良ければ手を貸して貰ってもいいかしら?」


 逡巡するように、アイリスは視線を学長やイグナーツ達に一瞬ばかり向けた後、観念したようにやってくる言葉。


 よしきた。


 と言うように私は破顔しながらその言葉に「勿論」と頷く。


「なんなら、俺も手伝ってやろうか?」


 そんな私とアイリスのやり取りを見ていたイグナーツも、何故か負けじと会話に顔を突っ込んでくる。


 ……イグナーツって治癒の魔法はからっきしじゃなかったっけ。


「……貴方はあたしと一緒で治癒の魔法使えない組でしょうが」

「ちげえよ。怪我人を運ぶとか、そっちを手伝ってやろうかって事に決まってるだろ」

「あぁ、そういう事」


 治癒の魔法使えない組とはよく言ったもので、私達四人の中では私とダミアンが使える側。

 アイリスとイグナーツが治癒魔法を使えない側と、ぱっくり綺麗に分かれていたからだ。


「でも、そう言うことなら尚更要らないわ。怪我の具合も軽傷な上、貴方がくると生徒達も萎縮するわよ」


 一年前までは、家名を伏せた隣国の貴族。

 ただのイグナーツであったが、既に彼が王子殿下であった事は知れ渡っているらしい。

 故に、申し出は有難いが、いらないと拒否。


「……それを言ったら、レラもレラだと思うがな」

「レラは治癒師として優秀だもの。ついてきて貰う事に意味がある。無駄に萎縮させるわけじゃない分、余程マシよ」

「へえ、へえ」


 アイリスもアイリスで、イグナーツの身分については知っているらしいけれど、態度を改めるつもりはないらしく、学院にいた頃となんら変わりない態度を貫いていた。


 やがて、不承不承といった様子ではあったが、イグナーツが了承した事を見届けた上で、アイリスはふと思い出したように踵を返す直前で口を開く。


「……そういえば、三日前くらいにあたしにこのヘンテコな手紙を送ってきた理由ってもしかして、この状況が関係してるの?」


 ポケットに収めていたのか。

 ただ、乱暴に丸められた手紙だったであろうものを取り出しながらアイリスは呆れたようにイグナーツへ言葉を向けていた。


「ぐっちゃぐっちゃじゃん」

「まだ持ってるだけマシよ。意味不明すぎてあたし、ゴミ箱に投げ捨ててやろうかと思ったもの」


 手紙としてのていを最早成していない丸まった紙屑を前に私が苦笑いすると、「なんなら中身見る? これ」と言って私にそれが手渡された。


 イグナーツも私が見ることに抵抗はないのか。

 意味不明じゃねーよ。といって私が興味本意にぐちゃぐちゃに丸められていた手紙だったものを開こうとする様子を傍観していた。


 やがて、視界に映る手紙の内容。


 そこには一言。



 ————俺の時代が来たかもしれん。



 と、だけ。


 うん。意味が分からん。


「アイリスの言う通りだった。これは流石の私も捨てて良いと思った」

「でしょう?」

「おい、ちょ、待った! 待った!! どう考えても簡潔で分かりやすい手紙だろ!? 意味わからなくないだろ!?」


 たった十二文字の手紙で何を理解しろというのだろうか。

 無謀にも程があるだろう。


 私がアイリスに同調した事で二対一の図式が出来上がる。

 その様子に同情してか。

 はたまた見かねたのか。

 そこにダミアンが割って入る。


「……殿下も殿下で苦労してたんすよ。ほら、婚約者決めろって上からせっつかれていたって話はお二人もご存知でしょう?」

「いや、私は聞いてなかったよ?」

「…………」


 そんな話を聞いてたら、冗談でもイグナーツの前で、婚約者がイグナーツだったら良かったのにね。なんて失言はしなかった。誓ってしなかった。


 そんな事を思う私をよそに、出鼻を見事に挫かれていたダミアンはどういう事だと視線をイグナーツへと移す。


「レラはなんか、実家のことで色々苦労してたっぽかったから俺の悩み事まで抱えさせるのもなあって事で言ってなかったんだよ」

「……あぁ、そういう事っすか」


 一人だけ知らなかったという疎外感を味わったのも一瞬。それがイグナーツなりの気遣いのあらわれであったと知って、私の表情は複雑なものに移り変わっていた。


 なんか、その、無性に申し訳なくなった。


「だが、アイリスには相談してたぞ。どうやったら、親父様連中を黙らせられるかってな」

「大人しく誰かを娶れと返したらそれ以降、返信が止まってたのだけれど、三日ほど前に急にその手紙がやって来たのよ。ほんと、全く意味が分からなかったわ」

「……明らかに投げやりな返事だったから、相談するだけ無駄だと思ったんだよ」


 これにはイグナーツに同情を禁じ得ない。

 どうにか婚約話から逃げたいと相談してきた人間に、誰かと婚約してしまえば済む話だとアイリスは返したのだと言う。

 ただ、アイリスの性格からしてこうなる事は透けて見えていただろうに。流石に相談した相手が悪かったと言わずにはいられない。


「その話を持ち出すって事は、もしかして進展でもあったの? 流石に諦めた? 墓場が決まったの?」

「縁起でもない事を言うな」

「じゃあ————」


 と、言いかけたところで、唐突にアイリスの言葉が止まる。

 やがて何かを悟ったのか。

 私の顔とイグナーツの顔を忙しなく見比べ、


「……え。もしかして? え、え、ええ、流石にそれ、不味くない?」


 きっと、現在進行形でめちゃくちゃヤバい勘違いをしてると思った。

 もう、考え得る限り最悪な予想図が今、アイリスの脳裏で描かれてる。絶対。


「まって、まって。違うから。それは違うからね、アイリス」

「え、あ、そ、そうよね。流石にそうよね」

「……私が、その、婚約解消されたというか。色々あって、向こうの家との婚約者が妹に代わっちゃって」

「で、それを聞いた俺が、なら都合が良いって事でレラを婚約者にって事で話を無理矢理に進めてやったってわけだ。どうだ、完璧だろ? どこからどう見ても俺の時代が来たようにしか見えないだろ」


 ……あぁ、なるほど。

 それで、俺の時代が来たかもしれん。なのか。


 …………。


「分かり辛っ!」


 前提とも言える内情を知っていたとしても、どっちみち分かるもんか。

 と内心でツッコミを入れる私や、イグナーツをよそに、アイリスはというと、何が何だか分からず頭がパンクしたのか。「……は、はい?」と、すぐ側で困惑してしまっていた。

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