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三話


 そんな昔の出来事を懐かしみながら、行動力の塊としか形容しようがない親友を見詰める。


 久しぶりの再会を祝うより前に、お前、俺の婚約者になったから。なんて言うものだからつい、呆気に取られてしまう。

 お陰で直前まで考えていた事は勿論、頭からまるまる抜け落ち、私はまぶたを瞬かせる事しかできなくなっていた。


 でも、それも刹那。


 事態をやっとの思いで把握出来た私が半眼で、……何言ってんの? と、目で訴え掛けてみるも案の定と言うべきか。

 当の本人はどこ吹く風。


「いやあ、最近、婚約者を決めろだなんだと周りがやけに煩くて辟易してたんだが、ちょうどそんな時にレラが婚約者がいなくなったって言うだろ? だから、な? ほら、仕方ない」

「……いやいや。だから、な? じゃないから。全く説明になってないから」


 無茶苦茶過ぎである。


 ただ、さっきから親の仇でも見るかのように妹であるナターシャが私を背後から見詰めてるあたり、本当にイグナーツは私の家と何らかの連絡を取っていたのだろう。


 ナターシャに何かと甘い両親が何かの拍子にその事を妹に漏らしていた、とすればこの状況にも納得がいく。


 なにせ、今のナターシャは、どこからどう見ても、友人と一年ぶりに再会をする姉を見る視線ではなかったから。


(……ちょっと、ちょっと)


 なので私は小声でイグナーツを呼びながら手招きし、近くに来いとゼスチャー。


(……さっきから私、めちゃくちゃ睨まれてるんだけど。一体何したのイグナーツ)


 一応、客人の前ということもあってか。

 ギリギリ愛想笑いを浮かべられてはいるが、ナターシャの顔は普段より赤いし、明らかにアレは怒ってる。


(いや別に、俺はただ、ありがとうって言っただけなんだが)


 だから俺に聞かれても知らねえよ、とにべもなく言葉が返される。

 しかし、アレだけあからさまに怒っているという事はイグナーツのその一言がナターシャの地雷を見事に踏み抜いたのだろう。

 現状、そうとしか考えられない。


(……なんで、ありがとう?)

(だって、お前の妹がお前の婚約者を奪ったお陰でこうなったわけだろ?)

(いや、そうなんだけれども……)


 そもそも、まだ婚約者として納得したわけじゃないし、そもそもあれ冗談か何かとしか思えないでしょ。

 ……と、思った瞬間だった。


 ————自分の言葉には責任を持とうぜ? レラ・ルーカス。


 脳裏で唐突に、思わずグーパンチをお見舞いしたくなる程のしたり顔で、NOと言わなかった時点でお前が悪い。などと言って私を無理矢理パーティーに巻き込んだ男が心底楽しそうに笑ってる図が浮かんだ。


 ……そうだった。

 こいつはそういうやつだった。


(……でも、よく認めたね、うちの両親)


 私はまだ認めてないけれど、両親には話を通したって発言は恐らく嘘ではないのだろう。

 そうじゃなきゃ門前払いされてるだろうし。


 ただ、私の記憶が確かであれば、うちの両親は家格を重んじる融通の利かない典型的な貴族だった筈。だから、私の婚約者だったカルロスも公爵家の人間だから、なんて理由で選ばれていた筈だし。


(二つ返事だったぞ? どうぞどうぞって感じで)


 そんなバカな。


 あの頭の固いうちの両親が?

 二つ返事で?

 どうぞどうぞ?


 ……もしかすると、イグナーツは間違って他の人に手紙を送ってるんじゃないだろうか。

 私の中で、そんな疑問すら浮かび始めた。


(……それ、本当にうちの両親が言ってた?)

(なんなら、今手元にあるから返事の手紙見るか?)


 ごそごそと胸元のポケットに収められていた四つ折りの手紙を取り出すイグナーツの申し出に、なら、是非と私が頷こうとした瞬間だった。


「……あれ、ダミアン?」


 ふと、目に入った癖っ毛がトレードマークの青髪の青年を前に、口をついて言葉が出た。

 それは、かつて私やイグナーツと共にパーティーを組んでいた同級生のうちの一人。


 ダミアン・マグレット。


 隣国の貴族、マグレット侯爵家の嫡男であり、色々と掴みどころのない一風変わった青年。

 基本的に寡黙ではあったけれど、イグナーツとは何かと内緒話をする事が多かった。


 そんな印象の強い友人だ。


「……ども」


 とはいえ、イグナーツと彼が仲が良かったのは知っているけど、学院を卒業したんだから、侯爵家の嫡男なら色々と自由はきかなくなるだろう。

 なのにどうして、今こうしてイグナーツの側にいるのだろうか。


 そんな疑問を抱いた私の内心を見透かしてか。


「……あぁ、僕、学院を卒業してからは王城に出入りしてるんすよ。だから今回は、監視役って事で同行してきた感じっすね」

「……かんしやく?」


 聞き慣れない言葉だったからつい、聞き返してしまう。


「ええ。殿下(、、)ってほら、問題児っすから」


 ————学院時代からの仲も考慮した上で、僕が急遽、選ばれたって感じっす。


 と、何気ない様子で答えてくれはしたけれど、何か聞き流しちゃいけない言葉が聞こえたような気がした。


 でも、多分気のせいだ。

 ううん、気のせいだよね。

 気のせいであってくれ。


 そんな願望を込めて、ほい、とイグナーツから差し出されていた手紙を手に取り、中を開く。

 そこには確かに、うちの両親だろう見慣れた字がつらつらと。


 極め付けに、うちの家紋入りの判子までついてた。


「…………」


 これ、ガチなやつだ。

 本当にガチなやつじゃん。


 そして目を疑うような、恐悦至極にございます。とか、うちの両親が滅多に使わないような言葉が手紙にびっしりと。


 ……いやいやいや。

 ここまでくると流石に怖くなってくる。


 でも、手紙の最後の一言で、膨れに膨れ上がっていた疑問が一瞬にして霧散した。


 ————イグナーツ王子殿下(、、、、)


 …………。

 なるほど、なるほど。

 確かに王子殿下なら、婚約だってうちの両親も二つ返事だし、それどころか諸手をあげて賛成した事だろう。


 どうそどうぞってなるのも納得がいくし、そのお陰で妹が怒ってる理由も何となく分かった。


 略奪欲の強い妹が、私からカルロスの婚約者という立場を奪った直後、イグナーツがこれ幸いと私に縁談を申し込んできたと。

 そして件のイグナーツは、隣国の王子殿下という立場。そしてあろう事か、私からカルロスを取ってくれて「ありがとう」とイグナーツは一言告げた。

 結果、公爵家の嫡男ではなく、王族と私が縁を結ぶことになりかけている、と。


 そして、今。

 私の背後でナターシャは顔真っ赤にして怒っている、と。


「……そりゃキレるわ」


 いつもいつも私から何かと奪いたがる妹だったから、同情する気にはなれなかったけど、ナターシャが静かにキレてる理由に漸く納得がいく。

 ただ、無自覚に切れ味の鋭い嫌味を繰り出していたイグナーツの行動に、深い溜息を吐かずにはいられなかった。

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