二話
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「俺とパーティーを組もうぜ、レラ・ルーカス」
いつだってアイツは、急なヤツだった。
赤髪短髪の青年、イグナーツと私が出会ったのは今から四年前の話。
三歳年上の婚約者カルロスと入れ替わりで私が入学をした『王立魔法学院』では、授業の一環として同級生と四人のパーティーを組んでダンジョン攻略を行う。というものがあった。
ただ、なまじ家格が高かったからか。
周りからは二の足を踏まれたり、家同士の付き合いが複雑に絡み合った結果、私だけが孤立してしまうという事になりかけていた中、空気を読まずにそう言って声を掛けてくれたのがイグナーツだった。
「パーティーを組みたいんだが、後一人が足りなくてさ。かと言って小言が煩そうな貴族のお坊ちゃんやお嬢ちゃんは願い下げでね。つーわけで、俺はあんたが良い。だからパーティーを組もうぜ、レラ・ルーカス」
それはまるで、私が形式にとらわれていない貴族のような物言いであった。
彼の言う通り、私は貴族らしさを重んじているわけではないけれど、これでも一応、公爵家の人間。
貴族っぽくない。
なんて言われた試しはこれまでに一度としてなく、それはそれで苦笑いを浮かべずにはいられない。
「……そういう事なら私はやめておいた方がいいよ。色々と面倒臭い事になると思うし」
言葉を濁しながら、貴族らしさが嫌なのであれば、公爵家の人間を迎えるべきではないと言ってやる。
私が望もうが望むまいが、公爵家の人間であるという理由だけで一定数の人間は何かと理想を押し付けたがる。
公爵家の人間にはこれ以上の家格の人間しか近付いてはいけないだ、とかいちいち口を出してくる輩がどうしても存在するのだ。
だから、あえて忠告しつつもやんわりと断りを入れた筈、だったんだけど。
「じゃ、それさえ問題なければお前自身は良いって事なんだよな? なら、よーし、決まり!! お前が四人目のパーティーメンバーな!!」
何故か、私が彼のパーティーに入る事が決まったらしい。……なぜに。
「……いや、だから」
「自分の言葉には責任を持とうぜ? レラ・ルーカス」
したり顔で、彼は言う。
本当に断りたいんだったら、そんな紛らわしい物言いをするべきではなかった。
どっちとも取れる物言いをした時点で、お前にもう選択肢はなくなったのさと正論を言われ、うぐっと言葉に詰まる。
そんな私の反応を彼はどこか楽しみながら、
「なぁ、レラ・ルーカス。あんたはどんな理由で『王立魔法学院』に入学をした? 親に言われたから? それが当たり前であるから? ……だったら、そんな理由は今ここで捨てちまえ。貴族の、それも俺らみてえな特に上の奴に許された自由の時間なんざ、この学生の時くらいだ。なのに、この時まで家や形式に縛られながら過ごしたんじゃ、後々後悔する羽目になる」
それは間違いないと彼は私の前で言い切る。
「だから、俺は目一杯楽しみたいんだ。いや、楽しみたいじゃねえ。楽しんでやるんだ。で、一緒にそれを楽しめそうな奴を探してた」
それが、私なのだと。
「俺みてえな『王立魔法学院』に入学する為に親と大喧嘩した挙句、家を飛び出してやって来たやつもいるんだぜ? なのに、そんな辛気臭え顔しながら日々を過ごすなんざ勿体なさ過ぎだろ」
そして、笑われた。
でも、それは人を馬鹿にするような笑みではなくて、歯を見せて笑う屈託のない快活な笑みだった。
「お陰で、家名も名乗れやしねえ。名乗ったら家の連中が無理矢理に連れ戻しに来るからな。隠し通さなきゃいけねえんだ、これが」
まじでやってらんねえ。
と、心底辟易したような様子でそう語る彼の発言は嘘であるとは思えなくて。
「ぷっ」
そんな無茶してまで入学をしたのかとつい、笑みが漏れる。
無茶をし過ぎでしょって、心の中で思わず突っ込んでしまう程の破天荒さであった。
「……目一杯楽しむ、かあ」
そんな事、考えたこともなかった。
本当に先程の彼の発言の通りで、私が『王立魔法学院』に入学した理由というものは両親に言われたから。加えて、それが当たり前という風に従ったに他ならない。
それもあって、目を輝かせて楽しむんだと語っていた彼の発言は驚きの連続であった。
きっと、だからなんだと思う。
「面白そうだね、それ」
「だろ!?」
私が、そう返事をしてしまった理由というやつは。
そしてそれが、私とイグナーツが知り合ったキッカケというやつだった。
それから数分と続く事になる彼の実家に対する愚痴を聞かされたのち、ふと思い出したのか。
……おっと、そういや名乗るのを忘れてたなと言って彼は愚痴を語るのをやめ、改めて私と視線を合わせる。
「名乗るのが遅れたが、俺はイグナーツ。訳あって家名は名乗れねえが、一応、隣国からやって来た貴族だ」
散々貴族らしくない乱暴めいた口調だったのに、そう言って名乗る際の所作だけは中々に貴族然とした堂に入ったもので、少しだけ見惚れてしまって。
「これからよろしくな、レラ・ルーカス」
差し伸ばされた右手を、一瞬ばかり逡巡したのち、私はそっと握り返す事にした。
そして、学院始まって以来の問題児と私はその日、友達になった。
同時にそれは、退屈しない学院生活の幕開けでもあった。