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十話


「————で、結局、イグナーツまで連れてきちゃうんだ」


 あれから程なく、流石に怪我を負った生徒をこれ以上待たせるのはマズイから。

 と、踵を返して来た場所に戻ろうとするアイリスであったが、つい数分前の言葉を覆し、彼女はイグナーツやダミアンまでついて来いと言い放っていた。


 ただ、イグナーツ達は元々ついて来たかった側であったからか。

 苦笑を浮かべながらもその言葉を受け入れ、学院内は安全だからといって護衛の人達をその場に待たせてついて来ていた。


「……生徒には通行人AとBで通すわ」

「あ、あははは……」


 そうまでしても今聞き出したい。

 ううん、聞き出さなきゃいけない。


 そんな確固たるアイリスの意思が見え隠れしていたものだから、流石の私も苦笑い。


「それで、イグナーツ。偶々、婚約者がいなくなったからって理由でレラを巻き込んだのなら、あたしは貴方をぶっ飛ばさなくちゃいけなくなるんだけど、そこのところはどうなの?」

「……半分、半分ってところだな」


 少しだけ言い辛そうにイグナーツは言葉をこぼす。


「単純に、俺がそれを望んだからって理由もあるが……何より、俺は助けたくもあったのさ。なにせ、親友だぜ? 困ってるって相談されりゃ、手の一つや二つ、伸ばしたくなる。伸ばす気が起きねえんなら、そりゃもう親友じゃねえ」

「……良かった。その様子なら、ぶっ飛ばさずに済みそうね」

「……あの、どういう事?」


 私だけが話の内容に理解が及ばず、蚊帳の外になりつつあったので、首を傾げてどういう事なのかと問うと、アイリスに溜息を吐かれた。


「一応こいつ、王族でしょう? 比較的自由気ままな楽な人生を過ごしたいのなら、そこらの公爵にでも嫁いでおいた方が絶対にマシ。だから、周りの婚約者候補が気に食わないからって理由だけでレラを巻き込んだのなら、ぶっ飛ばさなきゃいけなくなる。そうでしょう?」


 表向きは友好国とはなってはいるが、誰も彼もが此方の国に良い感情を向けているわけでもない。そんな理由一つで巻き込んでいい問題じゃあないのだと口にするアイリスの言葉は、全てを聞くと確かにと至極当然のものとして納得出来るものであった。


 やがてアイリスは、イグナーツと私の顔を見比べながら、


「でも、悩んでる事があったなら、あたしにも言ってくれれば良かったのに」

「そうなんだけど、その、家がねー……」

「……そうだったわね」


 生家同士に深い溝がある。

 以前も手紙一つでめっちゃ嫌な顔してたし、アイリスには悩み事を打ち明ける以前の問題があった。


「王族が面倒臭い立ち位置にある事を否定するわけじゃないが、そんな深刻な話にせずとも、一応俺は俺で色々と話はつけ終わってるぞ。元々あってなかった王位継承権だってその為に手放してきたしな」


 加えて、宰相の奴と、比較的俺に近しかった連中は軒並み味方と考えて貰っていい。

 レラに嫌味を向ける連中なんざ、殆ど(、、)いねえよとイグナーツが言い切る。


「ま、元々手放す機会を窺ってたってのもあるんだがな。ちょうど、いい機会と思って諸々手放してきたってわけだ。流石に兄上が王位を継ぐまでは一応、表向きは王子の立場でいなきゃいけないらしいがな」


 考えたくはないが、もしもという事があるのだろう。

 何らかのトラブルが起こり、イグナーツのお兄さんが王位を継げなくなった際、イグナーツが既に王位継承権を手放しているとあっては、ならばと誰かを擁立する動きが生まれ、いらぬ騒動を巻き起こす結果になるやもしれない。

 だから、まだ一応王子という立場でいなければならないのだろう。


「だから、ゴタゴタに巻き込む気はないし、臣籍降下でもして、ゆっくりだらだら気ままに過ごさせて貰うつもりだったっての」


 ……だから余計に、息が詰まる生活は送りたくないし、それもあって婚約者だっていらねえって突き放し続けてたんだがな。


 と、疲れた様子で言葉が紡がれる。


 その様子を前に、なんとなく、イグナーツはイグナーツで苦労してるんだなあって感想を抱いた。


 そんなこんなで言葉を交わしながら歩く事数分。たどり着いた場所には、校舎の壁に背をもたれさせながら同級生だろう生徒に治癒魔法をかけて貰っていた生徒が一人いた。


 『王立魔法学院』では学年ごとに基調とする服のカラーを変えており、視界に映り込んだ生徒達は私の記憶が確かであれば一学年の人間。

 幼さを強く感じさせられる彼らの相貌からして、その認識は恐らく正しい。


「……それ、で。この傷はどうしたのよ。大人しく治癒室に向かえば良いでしょうに、急に学長を呼んで欲しい、とか言い出して」


 ダンジョン攻略の監督を。

 という事を学長が話していたから、てっきり怪我の理由だとか全て知悉しているものだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。


 けれど、その事はさておき。

 ひとまず私は彼らの怪我を治すべく、すぐ側にまで歩み寄り、視線を合わせるように屈む。


「大丈夫よ。レラはあたしと違って教師じゃないけれど、信用の置ける人間だから。それと、治癒の腕だけなら学長より余程上手いわよ」



 ————君らってほんと、わたしの扱い雑だよね!? 一応これでも学長なんだけど!?



 ……なんて空耳が聞こえたような気がしたけれど、多分気のせいだろう。

 そう判断をして、魔物に傷を付けられたのか。

 鉤爪か何かによって付けられたであろう擦り傷に視線を向け、癒してゆく。


「A組担当のあたしにB組の人間が頼るって事は、何か担任に言えない事情があるんでしょう? 早く言ってしまいなさいな」


 私の治癒を受けながら、言い辛そうに口籠る生徒を諭すように、アイリスが言う。


 どうにも、目の前の生徒二人はアイリスが担当していたクラスではない生徒であるらしい。

 にもかかわらず、何故かアイリスを頼ってきたと。

 ……確かに、担任の教師に言えない事情があるからあえてアイリスを選んだんだろうなって私も同じ感想を抱いた。


「あの……、えっ、と」


 しどろもどろに口が開かれるも、何か話せない事情でもあるのか。

 側にいたもう一人の生徒と、「……ど、どうする? リフィー」なんて話し声が聞こえる。

 どうにも、二人の間で話が纏まっていないらしい。そんな彼らの態度を見かねてか。


「……あたしもそこまで暇じゃないのだけれど?」


 などと言ってしまうあたり、教師をやっているとはいえ、その中身は相変わらずであった。


 そんな折。


「————なあ、一ついいか」


 治癒が完治に差し掛かったあたりで、気を遣ってなのか。少し離れた場所で此方を見詰めていたイグナーツがそう声をあげた。


 その予想外としか言いようがない一言に、その場にいた全員の視線が吸い寄せられるようにイグナーツへと向いた。


「お前ら、ダンジョン攻略に向かってたんだよな?」

「え、えっと、は、はい! そうです。向かって、ました」

「で、そこから帰ってきて、傷を負ってたからアイリスを頼った。そこまでは合ってるか?」

「……はい」


 見れば一目瞭然だろうに、わざわざなんでそんな確認をするのだろうか。


「なあ、アイリス」

「なによ」

「魔法学院って、俺らがいなくなった一年の間に、ダンジョン攻略パーティーは二人ってルールでも出来たのか?」

「そんな事があるわけないでしょうが。パーティーは色んな観点から四人がベストな人数って様々な結果が証明してる。今更、変える理由はない」

「だよなあ?」


 そして、意味深なイグナーツの視線が二人の生徒達に向けられると共に、何を思ってか。

 イグナーツは彼らの下へと歩み寄り始める。


「お前らのパーティーメンバーであるもう二人は、今どこにいる(、、、、、)? もしかして、何かトラブルがあって、お前ら、アイリスと学長に助けを求めたかったんじゃないのか?」

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