エピローグ
「あらあら、なんだか静かだと思ったら一緒に寝ちゃったのね。本もやりっぱなしにして…」
暑さに耐えきれず起きてきた彼女は、椅子で幸せそうに眠っているサトルを見て言った。
揺りかごの中にはすやすやと眠るミキの姿があった。額にじっとりと汗をかいて、細くて綺麗な金髪が張り付いている。
彼女はサトルの膝の上から本を手に取ると、彼が手で開いたままにしていたページの最後の一行を口に出した。
「それから何十年も経ったころ、行商の男が旅先でアイリに似た少女を見かけたと言ったが、他人の空似だと誰も信用するものなどなかった」
そして、なんとなく本をめくり目次に目を通してみた。サトルはよくこの本を読んでいるが、彼女は手にすることすらほとんどなかった。
「男の魔法使い、竜が飛んだ日、砂に埋もれた街、こんなのもあるのね。ふーん……。あ、サトル起きた?」
「ああ、寝ちゃってたんだな…」
サトルは彼女を見て照れくさそうに笑い返した。
そしてぼんやりと彼女を見つめた。
彼は長い長い夢を見ていたような気がした。
「どうかした?」
彼女は小首を傾げて微笑み揺りかごに向き直ると、胸元の緑色の小さなペンダントが光り、その長い金髪がふわりと揺れた。細い一本一本が光を含んで輝いているようだった。
そして彼はふと、彼女と最初にどこで出会ったのだったかと、まだ半分寝ぼけた頭で思い出そうとしていた。
霧のかかったような中から浮かんできたのは緑の丘の上の風景だった。
「なあ、アイリ。オレたちが初めて出会ったとき、あの緑の丘の上で何をしてたんだっけ?」
彼女は振り向き、すねたような顔をして笑ったが、その憂いをたたえた碧い瞳は、太陽の光がどこまでも射し込む海よりも深く、そして宇宙へとつながる澄み渡った空よりも透明で、サトルはその中に吸い込まれてしまいそうだった。
『竜のご加護がありますように』
彼の頭の中で誰かがささやいた。
開け放たれた窓から南風が吹き、本のページはぱらぱらとめくれ、パタンと音を立てて閉じた。
〈終わり〉




