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宿敵

「バイオレット、どうしたの?」

 バイオレットが急に頭を上げたかと思うと、さかんに耳を動かしている。それと同時に、その場にいた他の馬たちもそわそわしはじめた。

 マウロは身じろぎひとつせず、森の上を見つめていた。それに気付いたレイモンも森へと視線をやると、何か光るものが見えて声を上げた。

「おい、何だありゃ? ほら……、あ、ほら、森の上!」

「今度はなんだ?」

 フローレスをはじめ全員がいっせいに森を見た。

 先ほどまでの竜の姿はすでになくなっていたが、森の上の空で何かが一瞬光った。ほんの小さな点のようなものが見えたにすぎなかったが、その場にいた者たちの間に緊張が走った。

「何かいるな…」

 フローレスは感情を押し殺すように努めて冷静につぶやいた。

 あれは竜に違いない、しかもこれまでの竜とは明らかに違う、選ばれた男たちは誰もがそう思った。それは動物的な感といってよいものだった。

 これまでに感じたことのない圧倒的な威圧感。

 今すぐ逃げろと本能が伝えてくる。

「世の中にこんなやつがいるとはな…」

 感心するようにルイが言った。

「やれやれ…今までのものはいったい何だったんでしょうか」

 ため息をつくようにダレスが応える。

「ふんっ、おもしろくなってきたじゃねーか」

 レイモンはニヤリと笑い、口元をゆがめて言った。

 マウロは無言で背中から矢を取り出し、傷がないか確かめていた。

「ザハドさん、それ貸して!」

 彼らが何を考えているのか。その真意がまだよく飲み込めないアイリは、しびれを切らしたようにザハドの手から双眼鏡を奪うようにすると、両の目に押し付けた。

 分厚くて少し濁ったレンズを通して見る視界の中、そこには黄色みがかった青い空が広がるだけだった。双眼鏡をゆっくりと円を描くように動かしてみるが、空以外何も見えなかった。

 もういなくなってしまったのかと、双眼鏡をずらして肉眼で確かめると、白いゴマ粒のようなものがキラキラ光るのが見え、再びレンズを覗いた。

「………いたっ!」

 全員がアイリの言葉に聞き耳を立てた。

「やっぱり………金色の竜だ!!」

 アイリはその姿を確認した途端、どくんっ!と鼓動が激しくなった。双眼鏡を持つ手は汗ばみ、自然と力が入ってしまう。

「本当か! アイリ?」

 フローレスだけがアイリを振り返り、他の男たちは竜に視線を向けたままだ。

「…はい、間違いありません!」

 言葉にならない声が聞こえ、ごくりと誰かがつばを飲み込んだ。

 肉眼では小さな点のようにしか見えなかった竜は、双眼鏡の中で輝きながら羽ばたき、間違いなくこちらへ一直線に向かってくる。

 ずっと探していた金色の竜。

 村が襲われたあの日、家を焼かれ、両親を焼かれ…レイトスに背負われて逃げる時、意識を失う前に見たその姿。

 どうして忘れられることができるだろうか。

 たとえ誰もが忘れたとしても、このわたしが、この左手首の傷が憶えている。

 アイリはその姿をふたたび記憶に刷り込むように、食い入るように見つめた。

 双眼鏡の視界の中、竜の姿は次第に大きくなり、己を誇示するように翼をいっぱいに広げ、悠然とこちらへ向かって飛んでくる。

 この金色の竜に復習を誓っていたアイリだったが、まさか向こうからやってくるとは思ってもみなかった。

 アイリもこの竜の圧力が尋常ならざるものであることを悟った。

 しかし、この日のためにできることはすべてやってきた。

 たとえ力及ばなかったとしても、好き勝手になんか、させるものか…!


 そのうちに竜は双眼鏡からはみ出すようになり、兵士たちにもその姿が容易に確認できるようになった。

 彼らは何が起こっているのかとざわめいている。任務は終わったはずなのに、いっこうに解散の命令が下らないばかりか、また竜が飛んでくる。

 フローレスはその動揺を感じ取ると、ザハドに言った。

「あの竜はこれまでのものとは格が違う! 今すぐ全員に特別級の攻撃態勢をとらせろ!!」

「わかりました!」

 ザハドは兵士たちの中に入り命令を下していった。

「アルベル国に、今度は金色の竜か。いったいどうなってるんだ!」

 フローレスの焦りが言葉から滲み出していた。

「アイリ、それを渡してくれ」

 フローレスが双眼鏡で竜の顔を確認した時だった。


 金色の竜が鳴いた。


 大きく口を開けたかと思ったのとほぼ同時に、大音量の高周波音が襲ってきた。

 全身を何かが貫いていったような感覚。ほとんどの兵士たちが何が起きたのか理解できず、耳をふさぐこともしないまま苦痛に表情をゆがめた。

 馬は突然のことに驚き、正気を失い暴れまわり、何頭かその場から逃げ出してしまった。


 そして、その鳴き声に呼応するかのように、アイリのペンダント、緑竜石が輝きを放った。

 黒い鎧の中から光があふれ出してきたと思うそばから、その光は強く大きくなり、アイリの全身を淡い緑色で包み込んだ。

 光はなおも強く濃く輝き、アイリはエメラルドの光の中に閉じ込められたような感覚におちいった。

「アイリ! おい、大丈夫か! アイリ……アイ……………」

 フローレスの呼ぶ声が聞こえたが、体は浮遊感に包まれ、意識は次第に遠のいていった。もはや自分では体を支えることができなくなり、地面にばさりと倒れ込んだ。はずみで兜は脱げ、金色の長い髪があらわになった。

 顔に感じる草のちくちくとした感覚、懐かしいにおいが鼻をついた。

 子供の頃のおぼろげな記憶が蘇ってきた。

 黄色いお花畑、両親の横顔、そして竜の大岩…。

 風を感じた。


「アイリ、大丈夫か?!」

 フローレスはアイリに近付こうとするが、強い光がそれを拒んだ。

「何だこれは…。誰か! アイリを安全な場所へ!」

 そうこうしているうちにも竜はどんどん距離を縮め、その表情すらわかるようになってきた。

「くそっ、来るぞ!! 全員構えろ!!!」

 フローレスが大声で叫んだが、その声は、ふたたび口を開いた竜の声にかき消された。

 全身を貫くような音の圧力に、まるで体がしびれたようになる。なすすべもなく、ただ耳を押さえ耐えるしかなかった。兵士たちも同じようにして耐えている。彼らの士気が下がっていくのが、フローレスには手にとるようにわかった。これでは戦う前に負けてしまう…。


 その時、竜の声の残響がまだ丘の向こうにこだましている時、1本の大きな矢が風を切り、竜をめがけて飛んでいった。

 その矢はゆるく弧を描きながら、まるで意志を持っているかのように、確実に竜の頭を狙っていた。

 よもやその矢から逃れることは不可能だろう、誰もがそう思った時、矢の動きが突然止まり、あっけなく2つに折れた。

 竜は何事もなかったかのように、なおも速度を緩めることなく飛んでくる。

「はずした。なぜ…」

 マウロの放ったその矢が地面に落ちたのを合図にするように、ルイ、ダレス、レイモンはそれぞれの愛馬にまたがり、我先にと金色に輝く竜をめがけて駆け出していった。

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