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第八話:疑憤

「如何ですかな? 多くの足手まといを抱えて悪魔と戦う善性と戦闘能力。見た目も良いので愛玩用にも打って付けとなっております。まあ初物かどうかは保証しかねますが、我々の方からは何もしていないことだけは保証しましょう。それを証明する手立ては何も御座いませんが」


「それよりも従属の保証が欲しい。優れた戦闘能力を持っているとは言え、彼女は根っからの奴隷では無いのだろう」


 従属の意識が無いから、このような扱いを受けているのは明白だ。


「リーザ殿の首をご覧ください」


 彼女の首には赤と緑、二つの首輪が食い込んでいた。


「封魔の首輪。そして隷属の首輪に御座います」


「そうか。リーザと言ったな。後遺症の具合はどうだ? 治療手段はあるのか?」


「えっと……」


「あなたのご主人様になるかも知れないのです。聞かれたことにはすぐ答えるべきだ」


 奴隷商の指先から閃光が走り、別の檻に押し込められている老人を貫いた。

「ギャッ!!」と短い悲鳴を漏らし、身体から黒煙をくゆらせて床に崩れ落ちる。


 すると、それまで力なく項垂れていたリーザが全身を揺らす。


 閃光に貫かれた老人に駆け寄ろうとするが、それが全て無駄になり身体を揺らすだけに終わった。

 それにしても拘束具が余計に身体に食い込み、手首と足首から鮮血が噴き出しているにも関わらず、気にもしようとしない。


 その姿に、レーヴェンスは心を打たれ、『何としても救わなくては』と思わせるものだった。


「や、やめてください! 後遺症の経過は順調ですが、時々幻覚や幻聴、記憶障害があります! 身体に残った霊薬が抜ければそれも治ります!」


「御覧の通り、自分自身よりも他人が傷付くことに恐怖や悲しみを抱く善性の持ち主ですから、調教の際にはもう一人、壊れても良い奴隷を用意することをオススメしますよ」


「商売上手のつもりか」


「商売人で御座いますから」


『下らない冗談を交わしている場合か!』


 レーヴェンスの憤りに応えるかのように、(シロガネ)が動いた。

 ブラクロス王から(たまわ)ったストックリー聖剣を一閃すると、リーザに傷一つ付けること無く、拘束具と二つの首輪、檻を斬り裂いた。

 リーザは床に崩れ落ちる事無く、その場に踏みとどまった。


「思ったよりまともそうだな。ところでリーザ、剣は使えるか?」


 返答を待つよりも先にストックリー聖剣を放り投げる。


「え? は、はい! 一通りは……」


「そうか。では、店主、支払いの時間だ」


 剥き身の剣を投げ渡され、たたらを踏むリーザに何ら意識を向けることなく、銀は奴隷商たちの方に向き直った。


 振り返った(シロガネ)の表情を一言で示すなら『(おぞ)ましい』だ。


 奇しくも、レーヴェンスと奴隷商は(シロガネ)の表情に同じ感想を抱いた。

 尤も、抱いた感情は別だが。


 この場に到着してからの(シロガネ)は奴隷商かリーザの方を顔を向けており、常にレーヴェンスに背を向ける形となっていたこともあり、その表情を今の今まで(うかが)い知ることが出来なかったのだ。

 しかし、銀の(おぞ)ましい表情に、レーヴェンスは恐怖とある種の安堵を得た。


『お前も私と同じ、いや、私以上の怒りを抱いていたのではないか』 


 気だるげで、投げやりな態度ばかり見せていた銀が浮かべる表情は、殺意と悪意、嘲笑にまみれており、筆舌し難い怒りの顕現以外に説明のつかない程に悍ましいものだった。


『勇者として選ばれ、召喚されたのだ。当然ではあるだろうが、(シロガネ)は悪魔だけではない。人間さえも殺せる男だ。きっと、元の世界でも正しき怒りと道理の元、多くの敵を殺していたに違いない』


 多くの日本人が知ったら噴飯ものの感想を抱いた矢先のことだった。

 引き抜いた短剣を逆手に構えた(シロガネ)が奴隷商に躍りかかったのを切欠に、戦いが始まった。


 いや、戦いでは無い。一方的な虐殺だ。


 奴隷商が閃光の魔法で斬撃を逸らすと、用心棒らしき者達がぞろぞろと雪崩れ込んでくるが、(シロガネ)(おぞ)ましい表情をしたまま口の端を吊り上げ、血風を巻き上げる。


 まともに打ち合うよりも、数に任せて包囲し、(シロガネ)に組み付き、床に引き摺り倒してから撲殺した方が安全で確実だ。

 その意図に気付いているかどうか定かで無いが、くるりくるりと立ち位置と向き変えながら飛翔する(シロガネ)の剣閃が、用心棒たちの指や耳を刎ね飛ばす。


 用心棒たちにしてみれば狭い場所であるにも関わらず、触れることすら出来ず、一方的にどこかしらの部位を斬り落とされる恐ろしい状況だ。

 レーヴェンスからすれば、間抜けな馬鹿共が無様に両手を伸ばし、銀に縋り付こうとしているだけで、脅威にすらならず、何故ならず者をやっているのかと首をかしげたくなる程のものだった。


 一人、また一人と倒れていく中、多少は頭の回る者が気付く。

 (シロガネ)の暴挙が、怒りから生じるものだと。


 数の少なくなった仲間を盾に、掌に魔力を集束し、奴隷が押し込まれた檻に突き付け怒鳴る。

「そこまでだ! いい気になりやがって。へっへっへっへっ、こいつらを殺されたくなけりゃ大人しくしやがれ。正義の味方様なら見捨てられねぇよなぁ?」


 使い古された脅し文句だが、使い古されるには理由がある。

 大抵の人間には有効な台詞だからだ。


 だが、使い古された台詞だと揶揄(やゆ)されるのにも理由もある。


 相手の善性に依存するという最大の欠点を持ち、それは脅迫者を危機に追い込む不確実さを孕んでいる。

 そうして脅迫者を返り討ちにした者達は口を合わせて虚仮(こけ)にするというわけだ。


 人質を取った用心棒もまた、使い古す側から揶揄される側へと鞍替(くらが)えすることになった。

 銀は躊躇(ためら)いを見せることなく己の間合いに踏み込み、眉間に短剣の切っ先を突き入れ、鼻、口、顎、首へと縦に引き裂く。


 鮮血と脳漿(のうしょう)が絡み付いた短剣を次に迫る用心棒目がけて投擲(とうてき)する。

 突き刺さりこそしないが、突然のことに動揺し、たたらを踏んでいおるところに距離を詰めるのは非常に容易く、すかさず膝蹴りで股関節ごと金的を潰し、武器を奪い取り、首筋に刃を滑らせる。


「こっ、ここは王国では無いのだぞ! 共和国の法に基づき――!」


「サンロットは共和国の統治を王国に委ねた。既にこの地は王国領だ」


「貴様の屁理屈は最初から破綻(はたん)している。そういうことだ」


 奴隷商の抗議に被せるように銀が反論し、レーヴェンスも後に続く。


『このような状況でありながら、息をするように虚言を吐くとは、よく頭の回る――いや、冷静だ』


 冷水を浴びせられた気分だった。

 単純な怒りだけでは無い。殺人や暴力による衝動的な興奮は人間から冷静な思考を奪い取る。

 事前に用意していたとか、嘘を吐き慣れているとかでも無い限り、咄嗟(とっさ)に嘘は出てこないものだ。


 レーヴェンスは怒りを忘れ、考える。


『我々とこの狼藉者達の力の差は歴然だ。悪魔をも打ち倒す我々がこのような愚劣な者らに劣ることなどあり得ない。矢張り、怒りから飛び出した言葉が偶々冷徹な死刑宣告になっただけなのだろうか?』


 そう思った矢先、奴隷商たちの抵抗が明らかに弱くなった。見れば顔面蒼白に染まっている。

 この地が王国領になるのは世界が救われてからの話だが、王国と共和国の間でそのような決定が下されたこと自体、一介の奴隷商が知り及ぶことでは無い。

 奴隷商は(シロガネ)たちの行動理念が義憤に駆り立てられたことに因るものだと考えた。

 しかし、これが社会的制裁の執行であるなら、如何なる言葉を弄したとしても(シロガネ)たちを止める術はない。


 奴隷商たちに勝機は完全に消えて無くなった。


 力で止めることが出来ないが故に、言葉を操り、(ろう)せねばならなかったのだ。

 そのどちらもが通用しなければ、(シロガネ)たちを止める手段は一つ。


 己の生命活動を停止させること。それだけだ。

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