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第三十五話:移り変わり

 レーヴェンスが目を覚ましたのは、(シロガネ)の視界にシュドゥガル砦が映りこんだ直後のことだった。


「こ、ここは……私は一体……」


「気が付いたか」


 うわ言を呟くとすぐさま、(シロガネ)の声が返って来た。

 (シロガネ)の肩に背負われ、ずっと引きずられてきたことを知ると、己の身に何が起こったかを思い出す。


 それ以上に、(シロガネ)が汗水を流しながら仲間を背負って歩き続けていたという事実にレーヴェンスは意識を急激に覚醒させて、自らの足で歩き始める。

 それで少しは楽になったのか、(シロガネ)は足を止めることなくリーザを両手で背負い直して溜息を吐く。


 そして、気付いた。


 一人足りない。


「レジーナ殿は……」


「死んだ」


「……そうか」


 (シロガネ)とレジーナの仲は決して良好では無かった。


 だからと言って『アタシ、先に帰ってるんで、二人をちゃんと連れて帰ってきてくださいねぇ~』などと一人で馬車を走らせるような女ではない。

 (シロガネ)にしても『貴様の面倒など見ていられるか。自力で戻ってこい』と見殺しにするなどと、敵に対しては別としても、仲間に対して冷酷非道な振る舞いをする男ではない。


 (シロガネ)が死んだと言えば、その通りなのだろうと受け入れた。


『じゃじゃーん! 実は生きてましたー!』なんてことは決して起こらない。


 彼女ならそんなノリも楽しむかも知れない。

 あの勝気な笑みを満面も広げるのを簡単に想像出来る。


 だが、もしも彼女が生きていたとして、彼女が(シロガネ)に対して、そんな悪戯を持ちかける姿が想像出来ず、万が一、持ちかけたとして、(シロガネ)が肯定する姿もまた想像出来なかった。


「レジーナ殿の遺体は……もう埋葬したのか?」


「いや。レジーナの遺体は欠片も遺らなかった。内包魔力の差だろう。生存者はお前とリーザだけだ。それ以外は跡形も無く消えた。馬車も、馬も、彼女もだ」


「そう、か。そうなのか……レジーナ殿は、もういないのか」


 口に出してみると想像以上にショックだった。

 レーヴェンスとて戦人だ。身近な人間との死に別れなど嫌というほど経験している。


 六十人のバーグ族を迎撃するために三百の手勢を率いたときなど、多くの戦友や、目をかけていた後輩など多くの者を失った。

 レジーナなどよりも、ずっと長い付き合いの者もいたのに、これほどのショックを受けたのは初陣で相部屋の同輩や、新人の頃から面倒を見てくれていた上級将校を喪った時以来か、それ以上の衝撃と悲哀がレーヴェンスを襲った。


(シロガネ)


「なんだ」


「身近な人間を亡くしたことはあるか?」


「いいや。人死にとは無縁の人生を歩んで来た」


 (シロガネ)の物言いはレジーナが身近な人間では無いような、突き放した言い方だった。

 これで『いいや。今回が初めてだ』とでも言ってくれれば、失望することも無かっただろう。


「今、お前が感じている心の痛みはお前だけの物だ。真の意味で、他人は共感しないし、他人と共有することは出来ん」


 相変わらず見透かしたかのような物言いに驚いたが、それでも失望の方が勝った。


 (シロガネ)の言わんとすることは分かっている。

 この胸の内を斬り裂き、外界へと突き出そうとする悲しみも、己に親しみを持って接してくれる、非戦闘員の女が死んだからに過ぎない。

 これが戦闘員であったり、男だったらここまで悲しむことは無かった筈だ。


「分かっている。分かっているとも。それで状況は? あれから何があった?」


「痛み分けと言ったところか」


「良くない傾向か?」


 普段のような淡々とした態度で、直截的な物言いをする男の口振りでは無い。

 レーヴェンスの胸中からレジーナの存在と、(シロガネ)に対する失望が一瞬にして隅に追いやられる。


 嫌な予感がしたのだ。


「後一歩のところまで追い詰めたが、その一歩を詰められず、却って警戒心を強く煽ってしまった。次は腕利きの手勢を引き連れて来るそうだ。これで奴に油断は無い」


「だが、大魔王ヴェレトは異界の勇者、(シロガネ)を恐れて逃げ出した」


「矢張り、お前もその考えに至るか」


 レーヴェンスは自嘲気味に頷いて見せる。

 どんなに哀しみや失望を抱いても、レーヴェンスの本質は戦いだ。


 敵の思惑が何であれ、悪魔の王が異界の勇者と戦い、そして逃げたという事実は士気高揚の口実になる。

 レジーナの死を忘れて、明るいニュースになると喜んでしまった。


『成る程。これでは(シロガネ)を失望したなどとは言えんな』


 声を大にして言えないことだが、人間的な喜怒哀楽が許される程、楽な立場ではないのだ。

 恐らく、(シロガネ)だけがそれを本質的に理解しているのだろう。


 レーヴェンスのそんな思いを知ってか知らずか、(シロガネ)は言葉を続ける。


「大魔王ヴェレトは俺達が殺す。しかし、三千万人のバーグ族を俺達だけで殺すのは現実的じゃあない。どちらにせよ全兵力を巻き込まねばならん」


「大魔王ヴェレトか。勝算はあるのか?」


「あのまま戦闘が続けば勝っていたのは俺だ。だから奴はそれを恐れて逃げだした。これは建て前だが、同時に事実だ。勝算を必要としているのは俺では無く、奴なのだからな」


「では、鍵となるのは――」


「王国軍だ。共和国軍はサンロットの口実を信じ、全軍でバーグ族を抑え込んでいる。そこに王国軍が加われば、雑兵は一網打尽。俺達が本丸を叩き潰して、この動乱にも決着がつく」


 四十八期ブラクロス暦二十二年。季節は秋に移り変わろうとしていた。

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