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第三十三話:本心

 この日、大陸の中心で発生した巨大なキノコ雲は王国は当然のこと、呪素に覆われた連邦西端部からでも観測できるほどの物だった。


「レジーナは……逝ったか」


 ヴェレトが捨て身で放った呪法から身を守れたのは(シロガネ)と、その背に庇ったレーヴェンスと、リーザの二人だけ。

 気を失った二人から少し離れたところに馬車の痕跡が僅かに残るだけで、馬とレジーナは遺体すら残っていない。

 一瞬の出来事に彼女は自身に死を突き付けられ、そのまま絶命に至ったという自覚する暇すら無かった筈だ。


「供を喪った……いや、奪われたと言うのに随分と冷静じゃあないか!」


「腹を抱えて笑って欲しかったのか?」


 キノコ雲の下で嘲笑を浮かべる(シロガネ)が疾駆する。

 疾風迅雷の剣閃が怪力乱神の鉄拳に食らい付く。


「戦争だ。死傷者は避けられない。だが、それでも、貴様を殺せば犬死する人間も減る」


「犬死。犬死と言ったか!」


「殺した奴が何を憤っている。ああ、そうか貴様は――」


 (シロガネ)の黒い眼光が怪しく煌めく。全てを見透かす物が深淵から這い出てくる。

 ヴェレトの双眸がそんな幻覚を捉えた。


「互いに死力を尽くし、勝者と敗者が健闘を称え合う。スポーツマンシップに則った戦争がしたいのか」


 無自覚の本心を突かれ、ヴェレトの鼻から豚の鳴き声に似た音が漏れる。

 そして、何故、目の前の異界人が気に入らないのか、はっきりと自覚した。


 それ以上に、自信の愚かさに反吐が出る思いだった。


「一方的に侵略戦争を仕掛けて来たバーグ族が、その首魁が、正々堂々? 大義? 誇り? 笑わせるなよ、大魔王。行動の是非を綺麗事で塗り固めても、死者や被害者には関係ない」


 (シロガネ)の斬撃の尽くが火花と共に散らされる。

 爆発に耐えるために体内に取り込んだ呪素の全てを放出し、壁としなければ、レーヴェンス、リーザどころか己の命を繋ぐ事さえ出来なかった筈だ。

 ヴェレトもまた呪素の大半を使い尽したが、今こうしている間にも体内で新たな呪素が生み出され、徐々に力が宿っていく。


「黙りやがれ!!」


 銀は魔力と呪素の両方を取り込むことが出来る反面、そのどちらも体内で生成することが出来ない。

 魔力と呪素を新たに取り込まなければ消耗する一方。そして、その双方の枯渇は銀の常人化を意味する。


 時間はヴェレトの味方で、(シロガネ)の敵と言える。


 それにも関わらず――


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 黙れェェェェェェェェェッ!!」


「何をそんなに恐れている」


 そう、ヴェレトは恐れていた。


 人の範疇を越えた恐ろしい力を振りかざしてはいるものの、見る者が見れば、ヴェレトの姿をこう評するだろう。


 ――駄々を捏ねる子供。


「言葉が通じれば侵略するつもりは無かった? 三千万人の民のためにも侵略するのはやむを得なかった?」


「黙れェェェッ!!」


 だが、ヴェレトが本当に止めたいのは(シロガネ)の言葉では無い。黒い双眸の方だ。

 誰かが何を口にしたところで気に病んだり、激昂する必要は無く、それはヴェレトも自覚していた筈だ。

 事実、この侵略戦争を反対するバーグ族の穏健派もいた。


 しかし、ヴェレトは『ギィギィ』『キィキィ』としか喋ることが出来ず、意思の疎通を図ることの出来ない原住民と交渉は不可能。

 相互不可侵すら成り立たず、獣にも劣る蛮族は滅さねば、安住と安寧は得られないとし、この世界の人々が劣った蛮族であるという価値観を根付かせた。

 そのことに後悔はない。そのやり方を全うし、バーグ族を導くという意思に偽りは無く、背く気など毛ほども無い。


 傍目から見れば、そこまでやった相手に、今更、何を言っているのだと思うのが当然なのだが――。 


「ああ、こうか。本当はやりたくなかったか? 侵略戦争も、何より、大魔王……いや、大王としてバーグ族を率いることが」


「――――――――――――――――!!」


 ヴェレトの口から出る言葉に、最早形は無い。

 狂乱と共に繰り出される打撃は(シロガネ)の剣、剣を握る手首から肘に亀裂を走らせ、無防備になった胸骨を砕き、腹部を突き破る。

 (シロガネ)は表情を歪ませるどころか、鮮血が漏れる口の端を吊り上げ、嘲笑を浮かべた。


 とは言え、流石に腹を貫かれては喋るのも一苦労らしく、漸く、(シロガネ)の口から言葉が止まる。


 それでも黒い双眸は雄弁に語る。


『それがお前の真の本心か。図星を突かれたからと言ってムキになるなよ。見苦しい』


 ヴェレトのローキックが(シロガネ)の左脚をくの字に折り曲げ、ついに膝を付く。

 (シロガネ)の眼から逃れようとするあまり、咄嗟に出た一撃だったが、結果的には機動力と逃走力を奪った。


 ヴェレトの逆鱗に触れた(シロガネ)は、一方的に攻撃を受け、最早、手も足も出ない。勝敗は決したも同然だ。

 それにも関わらず、無傷である筈のヴェレトは満身創痍であるかのような雰囲気で、荒い呼吸で肩を揺らして、滝の様な汗を流し、肩や背中からは蒸気が立ち昇る。


 一方、(シロガネ)は膝を付いたまま立ち上がることすら儘ならず、全身が血にまみれている。

 それでもヴェレトを見上げる双眸は、嘲笑を浮かべたままで勝ち誇ってすらいるように見える。


 勝利条件を変えられた。そんな錯覚に囚われそうになる。


「無自覚に目を逸らしていた己の一番醜い部分を突き付けられたから何だ!! それがどうした!! 既に戦局はあと一歩のところまで来ている! 今更止まれるものかよ!」 


 地面に放り投げた戦槌を再び拾い上げ、大上段に構え、(シロガネ)の頭上に振り落とす。

 鉄槌が(シロガネ)ごと地面を穿ち、破砕音が轟く。


「それを俺に聞かせて何になる? 答えが欲しいか? それとも導かれたいか?」


 クレーター状に陥没した地面の底から、(シロガネ)の声がヴェレトの耳朶を叩いた。

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