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第二話:理解

 サンロットが王国に亡命したのを皮切りに、共和国から多くの難民が押し寄せた。

 老若男女だけでは無く、身分を問わず、多くの人間が王国に流れ込んだ。


 誰もが恐れ、傷付き、疲弊していた。

 中にはサンロットにも勝るとも劣らないレベルで、心が折れている者もいた。


「構わん。難民は一人残らず受け入れろ」


 難民の受け入れに反対の声が少なくはなかったが、ブラクロスの強権によって潰された。


 サンロットが見出した希望は決して夢物語の類ではない。

 確かにブラクロスには、状況を打破する切り札がある。


 既に共和国は死に体だ。

 であるならば、無を滅したとき、共和国の残骸を吸収し、大陸の全てを掌握するのは王国だ。

 元連邦の人間だろうが、元共和国の人間だろうが、全てストックリー王家の物になる。


 だから難民を受け入れ、命だけは保障する。

 己の所有物でがある故にだ。


 何にせよ旧協和国民を隷属するか、そこまではいかずとも等級最下層の地位に就けるかは、無の一件を解決してからでも良い。


 連邦や共和国もそうだが、王国に、人権だとか平等という概念は存在しない。

 亡命者や難民が、従来の王国民と並び立つという発想は範疇にないのだ。


 それを理解した上で、貴族や、議員、将軍といった地位に就く者らは、死んだ魚の目をして王国に庇護を求めた。

 どんなに落ちぶれようとも、死ぬよりはずっと良い。

 無や悪魔の脅威を目の当たりにしたからこそだ。


 犯行は即ち、悪魔と王国から挟撃されることを意味する。

 その事実が、共和国の要職に就いていた者さえも従順にさせたのだ。


 ブラクロス王はそんな彼等の性根を見抜いていた。

 議会が懸念している難民の受け入れで生じるリスクは発生しないと。


 尤も、無や悪魔が存在する今現在に限った話だが。


「無も、悪魔も、滅する。圧倒的な力でな」


 心の折れたサンロットの姿を目の当たりにして尚、ブラクロス王が未だ勇者を召喚しない理由。

 それは、この未曽有の危機を圧倒し、ストックリー王国の力を見せ付け、逃亡者たちにこの国が無や魔よりも恐ろしく、身の程を弁えなければ自らを更なる窮地に追いやることになるのを見せ付けなくてはならない。


 そういった意味では、乱雑に召喚した勇者を放つわけにはいかないのだ。

 サンロット達の憔悴を見るに、共和国は圧倒的な力で瓦解しており、余裕が残されていないことも事実だが、秘術中の秘術である召喚魔法の検索能力を最大限に高め、最強の勇者を呼び寄せようと厳選に厳選を重ねなければならなかった。


 そんな折だ。


「報告申し上げます! 連邦と共和国方面の空から侵攻する存在を確認しました!」


「悪魔どもめ、物を考える力があったか!!」


 ブラクロスの傍に控えていたレーヴェンスが歯噛みする。


「矢張り、そう思うか?」


「間違いありません。サンロットの言葉が事実なら連邦は完全に飲み込まれ、共和国は折れ死に体。悪魔達の思惑が無による世界の浸食だとすれば、脅威となるのは我等がストックリー王国のみ」


「レーヴェンスよ、サンロットの言葉を覚えているか?」


「少々鍛えた程度の兵を遊び半分で殺す、ですか?」


「その通りだ」 


「遊び半分、悪魔には見る者にとって意思を感じさせるものがあるのでしょう。嗜虐心のような。そんな悪魔が心の折れた者を放置して王国を狙うというのは――」


「次の玩具を見つけ出した。そうは思えんか?」


 共和国や連邦、王国。兵士達の練度の差は決して大きなものではない。

 少なくとも、ブラクロスはそう考えている。


 多少なりとも悪魔が物を考える力を持っているならば、人間を脅威であると判断するとは到底思えなかった。


「世界が無に包まれ、人間がいなくなるまでの遊び。悪魔たちの娯楽でしかないとは考えられんか?」


「そのようなことは決して!」


 現実が見えていないのか。それとも現実を見据えた上での言葉なのか。

 定かではないが、レーヴェンスの若さ故の衝動や勢いに、ブラクロスは心地良さと嫉妬が綯い交ぜになった感情を抱いた。


「レーヴェンス、出撃だ。兵を率い悪魔を撃滅せよ。全力でだ」


「仰せのままに!」


 異形の悪魔を圧倒出来るなら、それに越したことはない。

 だが、そうはならないだろうとブラクロスは考え、実際その通りの結果になった。


 レーヴェンスは六十体の悪魔に対し、三百人の手勢を率いて殲滅することに成功した。

 生還したのは僅か五十名で、その内の半数は戦い続けることが不可能な後遺症を負い、極めて無傷に近い軽傷を負ったのは、聖戦士のレーヴェンス一人だけだった。


『彼に匹敵する戦士が、あと一人でもいれば……』


 城内で、そのような言葉が囁かれた。

 口にこそしなかったが、ブラクロスも同じように思った。


 しかし、今回の出撃は決して無駄では無かった。

 無から現れる悪魔が、如何に脅威であるかを王国内に知らしめることが出来た。

 その中には、サンロットの言葉を完全には信用し切れなかったブラクロス自身や、己の力に絶対の自信を持つレーヴェンスも含まれる。


 世界が未曽有の危機に晒されている。

 誰もが、それを思い知った。

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