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第二十二話:シュドゥガル砦

「まずはシュドゥガル砦を目指そうと思うんですよ」とリーザが切り出すと、 

「王国侵攻を想定した中継拠点か」と(シロガネ)が返す。


「です、です」


 銀の直截的な言い方は事実だが、王国の聖戦士の前ではっきり言われると非常に気まずい。

 リーザは気まずさを気取られぬようおどけて見せ、それを感じ取ったレーヴェンスは、特に気にしていない風を装う。


 (シロガネ)が身に付けたこの世界の知識は、ストックリー王城の大図書館で得たものだ。

 この男が口にしたことは王国の共通認識ということもあり、王国と共和国感の緊張を煽る施設だとしても、何もかもが今更である。


 とは言え、それを口にするのも憚られる気がして、

「暇だったとは言え、よくも調べたものだ」と(シロガネ)を茶化した。


「本当に暇だったからな」


 (シロガネ)は皮肉るように返すが、悪意のようなものは感じられない。

 この男なりに気を使っているのと同時に、珍しく肩の力が抜けている様子だった。


「あはは。でも流石です」


 男連中の気遣いを察して、リーザはふわりと笑みを浮かべた。

 背もたれに身を預ける姿は、肩の荷が下りて安堵しているようにも見える。


「あまり大きな砦じゃないですけど、結構な頻度で物資が運び込まれてましたから、物資目当てで人が集まったていたり、そのまま避難所になっているかも知れません」


 シュドゥガル砦に向かう道中は至って平穏なものだった。

 平穏と言うよりは何も無い。難民の姿も無ければ、バーグ族の襲撃も無い。

 こうも人の姿が無いと、何の根拠も無く不安な気分になる。


 特に共和国人のリーザにとっては尚更で、脳裏に不穏な考えが何度も往来する。

 この世から自分達以外の人間が存在しないのではと錯覚する程だった。


 遠く離れた王国を目指して国境をまたぐよりも、シュドゥガル砦のような拠点を避難所に選ぶ方が幾分も現実的だ。

 自らの推測を疑うつもりは更々無いが道すがら、前線から逃れて来た人々から、何処で誰が戦っているか、話を聞けることを期待していただけにだ。


 レーヴェンスは、そうした様子をつぶさに見ていたものの、どのように勇気づけて良いか分からず、

『何でも良いから何か話を振れ!』と(シロガネ)に縋り付くような視線を向ける。


 しかし、(シロガネ)は軽く首を横に振って『惚れた女を励ます絶好の機会だ。頑張れ』

 非常に好意的に解釈するなら、そんな表情を浮かべていた。


 ただ単純に、レーヴェンスをからかっているだけかも知れないが。

 何はともあれ、(シロガネ)からの援護は得られない。


 彼女を励ましたければ自力でどうにかしなくてはならない。

 どうにかできる気がしなかったが、内心の焦りを隠して、窓の外に目を向ける。

 少しでも希望に繋がる何かが見つからないかと、機敏に視線を彷徨わせる。


 そして、気付いたことを口にする。


「矢張り、前線の抵抗活動が盛んで、拠点への避難が万全なのかも知れんな」


「え?」


「悪魔や人間の死体どころか荷物すら落ちていないではないか」


「荷物、ですか?」


「そうだ。死に物狂いで逃げているなら、身を軽くするために荷物を捨てたり、逃げている最中に落とすこともあるだろう。だが、街道にはそのような形跡が無い。残された足跡もそうだ。常に一定の速度で、粛々と避難が行われている」


 恐らく、リーザが保護していた難民では無く、(シロガネ)たちが出発する前に自力で王国に辿り着いた者達の足跡だ。


「もしかして、わたしって物凄く運が悪い?」


「その……」


 どう言って良いか分からず、レーヴェンスは再び(シロガネ)の方に視線を向ける。

『やれやれ』とでも言いたげに溜息を吐き、口を開き――轟音に声を掻き消された。


「レクリエーションの時間は終わりだ。何があった?」と改めて口を開く。


「前!」


 レジーナの逼迫した返答に、レーヴェンスは馬車の窓から身を乗り出す。

 前方に目を向けると、シュドゥガル砦と思しき建造物が小さく見えた。


「黒煙……! 襲撃を受けているのか!」


 鋭く発するレーヴェンスの声を肯定するように再び轟音が大気を揺らし、新たな火の手があがった。


「レジーナ! 急いで!」


「分かってる!」


 騒然とする馬車の中で、(シロガネ)だけが何の感慨も無く腕を組んだまま悠然と座っていた。


(シロガネ)!」


 何を悠長にしているのだと怒号を浴びせようとするが、


「落ち着け。今慌てた所で何が出来る」


 逆に冷や水を浴びせるような言い方をした。


「此処から砦を襲撃している者達を狙えるのか? 瞬時に敵を間合いに収められるのか? この距離から敵を狙う手段は?」


「それは……」


 (シロガネ)が問うたことが出来るのであれば、何を呑気に座り込んでいるのだと叱責出来るが、何も出来ず、慌てふためいたところで、無駄に緊張感を走らせるだけだ。


「リーザ、今の爆撃からバーグ族の魔力を感知できるか?」


「は、はい! 上位クラスの広域爆撃魔法です!」


「レーヴェンス、馬車を安全な場所に移している猶予はない。このまま突入したいが、爆撃魔法から馬車を守る術はないか?」


「手段は三つ」


「意外と多いな」


「だが、いずれの手段も私やお前では無く、リーザ殿やレジーナの腕に任せるしかない」


「教えてくれ」


「一つ、結界魔法で無効化する。二つ、爆撃魔法で相殺する。三つ、加速魔法で回避する」


「成る程。どの手段を選ぶにせよリーザの魔法とレジーナの腕次第か。実現できる手段はどれだ?」


「えっと……全部できますけど……」


『レジーナと馬にかかる負担が物凄く大きいです』と続けたかったが、(シロガネ)はそれを理解しているかのように遮った。


「では、全部だ。二重三重に手段を合わせれば、それだけ成功率も上がる」


「こっちの負担も少しは考えて欲しいもんだね!」


「構わん、やれ」


 何だかんだ言っても(シロガネ)は勇者だ。こういう時は、御者のリーザよりも、この男の発言が最優先とされる。

 結界魔法と加速魔法で弾丸と化した馬車をレジーナは死に物狂いで制御しなくてはならなくなった。

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