第二十一話:希望
銀の頬に着いた真っ赤な手型が消えた頃。
「リーザ、レーヴェンス。お前達のような人並み外れた兵士は何割くらいいるものなんだ?」
「ふむ……」
銀の問いにレーヴェンスは考え込む。
真面目な彼のことだ。一々、細かい数値を算出しようと頭の中で面倒な算盤を弾いているのだろう。
「えーっと……こう見えてもわたし、結構凄い魔法使いなんですよね」
リーザが恐る恐る口にする。
口数は多いがあまり大口を叩くのが好きな性質では無いが、銀の言うことだ。
戦略的、戦術的な意図を含むと考え、控え目ではあるものの客観的事実を口にする。
レーヴェンスも続けて口を開く。
「私と同等の戦士がいるのなら、下賎の産まれの私が聖戦士として選ばれることは無い。自分で言うことでは無いが、魔法抜きで私を上回る戦士は王国には存在しない」
「魔法込みならどうだ?」
「私に比肩する者が三人。十中八九、私が勝つが逆に言えば十回やって十回、確実に勝てる相手ではない。」
普段から余程の意識と自負があるのだろう。
レーヴェンスは、その三人の名前こそ出さなかったが即答してみせた。
銀は彼の言葉を疑った様子も無く、リーザに視線を移す。
「共和国ではどうだ?」
「わたしより場慣れした人ならいっぱいいると思いますけど、能力や素質って意味じゃ……」
「いないか」
「一応、議会のご子息ご息女なら何人かいましたけど、立場が立場だから怪しいところですねぇ」
「現時点で王国最強の戦士、共和国最強の魔法使いが既にこの場にいるというわけか」
そういう言い方をされるとレーヴェンスも、リーザも気恥ずかしく居心地の悪い思いをした。
「では、お前達ほどでは無いにしても、戦闘能力に長けた人間がこの先に生き残っている可能性はあると思うか?」
この問いに、二人は銀の意図を理解する。
「何処かしらの要塞に立てこもり、悪魔に組織的な抵抗をしている者が生存している可能性か」
「多分、遭遇は難しいんじゃないかなって。後方支援も無いのに籠城って、ちょっとほら……」
籠城戦は後詰が来ることを前提とした遅滞戦闘だ。
それが無ければ、もしかしたら誰かが現れることを夢見て、命を繋ぐことしか出来ない。
補給も無く、いずれは干殺しにされ、戦死者や餓死者の肉を貪り、絶望に喘いで死ぬ。
そうなる前に降伏するなり、逃亡する以外に生き残る術はない。
そして、悪魔。バーグ族は降伏が通用する相手ではない。
「成る程」と銀は頷く。
「ああ、確かにな。それは馬鹿のすることだ」
「言い方!」
銀のにべも無い物言いにリーザは掌を引っ叩く。
まだぎこちない所が無いわけでは無いが、徐々にらしさが戻ってきている。
「ま、まあ……銀の言い方は兎も角、何処かの拠点で悪魔に対抗している者と合流し、逆撃を仕掛ける気だったのか」
レーヴェンスの言葉にリーザは首を横に振る。
「前線から遠く離れていたわたしですら、大森林まで追撃されたんですよ? 普通に考えて前線は突破され、既に壊滅していると考えた方が……」
「矢張り、そう上手くはいかんか。土地勘のある共和国人が二人もいるんだ。そういう場所があるならと思ったが」
古今東西の英雄譚を読み解くに、英雄と宿命付けられた者は、ふとした思い付きや行動が結果的に最適解に辿り着き、運命的な出会いを果たす。
英雄であるが故にそのように出来ている。出来ていなければ英雄ではない。
銀が救済の勇者、英雄であるとするならば、レーヴェンスは一つの解を得る。
「いや、もしかしたら銀が意図した通りの集団がいるかも知れん」
「どういうことだ?」
「ストックリー王国に悪魔の襲撃があったのは今から二十日以上も前だ。しかし、悪魔の前線基地ともいうべき無は、未だ我等の眼前になく、大森林以来、悪魔との接触もない」
彼等が行く大草原の果てには、山々が連なっており、未だ無に飲み込まれた様子も無ければ、視界に留まる範囲に、真新しい戦闘痕は無い。
大森林の方へと誘われるようにクレーターが穿たれているが、確認するまでも無くリーザの魔法行使による痕跡だ。
「一部の遊撃隊以外は、まだそこまで侵攻出来ていないということでしょうか?」
逃げ出したとは言え、己の祖国のことだ。想定しているよりも被害が大きくないことが期待できる。
幾分かの希望にリーザは目を輝かせ、レーヴェンスは大きく頷く。
「それに我々が王国を出発する以前は、このルートから共和国民だけでは無く、連邦国民も避難して来たのだが、リーザ殿が保護していた難民以外に接触出来ていない」
「そうだ。だから、このルートを選んだ。接触出来ていないとは言え、全滅するにしては早過ぎる。何より、魔力や闘争の残り香、死の気配がしない」
銀の感性をリーザとレーヴェンスは肯定した。確かにその通りだと。
とは言え、死の気配とやらが何なのかはよく分からなかったが。
一先ず、銀の特異な感覚は一端脇に置いて、「悪魔には理性、知性、そして感情がある」とレーヴェンスは続ける。
「サンロット代表が庇護を要求し、数日もしない内に悪魔の襲撃を受けた。その時、私は共和国が壊滅したと考えた。しかし、一戦交えて悪魔に理性と知性、感情。そして何より嗜虐的な意思を持っていることを知り、難民が姿を現すようになってから考えを改めた」
「まだ共和国は滅んでいない、か」
リーザが明るそうな顔をしているのを横目で見て、
『そうだ。サンロット代表や落ち伸びた人々の態度から察するに危機的状況である事に変わりは無く、壊滅が時間の問題である事も揺るぎない事実だ』と言おうとして言葉を変える。
「悪魔は思った筈だ。人間は無に抵抗することは出来ない。悪魔の勝利は決定的。そんな状況であるなら、力を残した王国を嬲る方が嗜虐心を満たせると。私と王はそう悪魔が考えていると思った」
「だが、現実はそうで無かった」
「そうだな……受け入れがたい話だが、銀の言葉を信じるなら悪魔はバーグ族、銀と同じ異界人、人間だ。想像していたような我々を圧倒的に凌駕する存在では無く、バーグ族の中でも力の格差が大きい。我々と同じようにだ」
「これがバーグ族の、人間の侵略戦争だとすれば能力の格差がそのまま手柄の格差になる」
悪魔では無く、人間ならば当然だ。
誇りや忠誠心だけで、人は命を賭けられない。
この世界の人々のように命をチップとして支払い、賭けに勝てねば明日すら無いかも知れない。
そんな状況であっても、無償で立ち上がる人間の方が極僅かなのだ。
寧ろ、ブラクロス王のようにこの事態が、大陸を手中に納める好機と考える方が人間として自然と言える。
末端の兵士なら尚更だ。バーグ族の兵士達が戦いを強要されているのか、志願したのか定かでないが、銀が口にした『手柄』という言葉。
リーザとレーヴェンスは、バーグ族に備わる極めて人間的な欲を垣間見た。
「それじゃあ、わたしが戦った悪魔達は功名心に焦って先行し過ぎた部隊で、前線は私達が思っているよりももっと奥に?」
「そして、レーヴェンスが戦った部隊は連邦、共和国戦後を見据えた強攻偵察部隊であるとすれば?」
「共和国には、まだ反攻を続ける者たちがいるかも知れない!」
「わあ……!」
銀の仮定にレーヴェンスは勢いよく立ち上がり、揚々と声を張り上げ、リーザも華やいだように顔をほころばせる。
「悪くない。希望のある話になったじゃないか」
鼻を鳴らし、銀はシニカルな笑みを浮かべる。
「希望、希望か。我々は希望を見せる側なのだがな」
「希望を見せる側が希望を持てず、余人に希望など見せられるものか戯け」
レーヴェンスの茶化した言い方に、銀は更に茶化し返して見せる。
これにはレーヴェンスとリーザだけでは無く、馬車を操るレジーナですら愉快げに笑みを浮かべた。




