第十六話:認識
「銀! 無事か!」
レーヴェンスが現れたのはバーグ族の二人が立ち去ってからだった。
「緒戦のお前ほどでは無いがな」
「ひっ……」
欠落こそしていないが、辛うじて骨と肉が繋がっている左手を掲げると、リーザは蒼褪めた顔で小さく悲鳴をあげる。
「矢張り、お前に単独行動をさせるべきでは無かった」
「この程度ならリーザがいれば無傷と変わらん」
「お前と言う奴は……!」
百姓の生まれであるレーヴェンスにとって聖戦士や勇者という立場には並々ならぬ思いがある。
治す手段があり、死ななければ問題無いとは言え、勇者として選ばれた男が自分自身であろうとも、人の身体を道具のように扱うのが、勇ある者の振る舞いとは到底容認できるものでは無かった。
「確かに治療は可能ですが……」
リーザもレーヴェンスとほぼ同意見だった。
何より、リーザにはあれだけ手厚く治療をさせておきながら、自らに対するぞんざいさは、矢張り納得いくものではなく受け入れ難い。
「何より場慣れする以上のメリットは得られた」
「何を得たか気になるが、まずはお前の左腕を治療する方が先だ! リーザ殿頼む」
「は、はい!」
どれだけ叱責したとしても、この男が非を認めることは決してない。
レーヴェンスは元より、リーザも銀の合理性と言うよりも、頑なさを改めて思い知らされ、渋々治療に移ることにした。
切れ、砕けた肉や骨が音を立て、不気味に蠢きながら再生を開始する。
痛みに慣れていない者が麻酔も無しに、回復魔法を受ければ、再生の際に生じる激痛で悲鳴をあげることも出来ず、のたうち回ることになる。
「そういうわけですから麻酔を……」
「要らん。そんなことで貴重な麻酔を消耗などさせられるか」
その貴重な麻酔を、奴隷商たちに捕まっていた難民たちを治療する際に大量に消耗し、しかもその決断を下したのは他の誰でも無い銀だ。
それに貴重とは言え、今更一個や二個使ったところで誤差の範囲だ。
しかし、言い合っていてはいつまで経っても治療に移れず、リーザは銀に押される形で回復魔法を発動させる。
銀は時折、顔をしかめはするものの、治療を受けながらフィロメアから聞き出した情報を共有していく様は、痛みに慣れていることを差し引いても異様な光景と言えた。
「悪魔の正体は異界人か……」
言って聞く手合いでも無いので、そろそろ割り切るべきだろうか、などと考えながらレーヴェンスは銀の報告を咀嚼する。
「まあ、バーグ族だろうが悪魔だろうが、この世界の人間を、文明の劣った下等民族だと統一された認識を持つ侵略者である事に違いは無い。それよりも、レーヴェンス。お前が戦ったバーグ族は奴等の中でも一流の腕利きかも知れん」
「根拠は?」
「俺に殺されたバーグ族が恐ろしく弱かったからだ」
ある意味で一番の朗報だった。
「訓練である程度の格差は埋まる。とは言え、均一化は不可能だ。ストックリー王国にお前がいるのと同じようにな。だが、あれが兵士としての水準なら、この世界の人々が認識している程の脅威だとは思えない」
「その考えは軽率だ。連邦と共和国が無と悪魔の手で滅びたのは事実だ」
「それもそうか」とあっさり首肯する。
「悪魔だと恐れられていたバーグ族があまりにも弱くて、判断を誤らせた」
「まあ、偶には素人らしいところを見せてくれねば、相談役、案内人の意味が無くなる」
「そうは言うが、六十人のバーグ族を始末するのに、お前が三百もの手勢を失ったのが信じられないくらいだ」
銀の弁解に、レーヴェンスはニヤリと笑う。
我が身を顧みないほどの苛烈さの中に入り混じる、人間臭さにある種の面白味を感じていた。
曲解を恐れずに言えば、レーヴェンスは銀のそういった一面を好んでいる。
銀の全てを受け入れ、容認することは出来ず、決して小さくない憤りを感じているとしてもだ。
「ならば、銀よ。悪魔を恐れるに足りぬと言うなら、真に警戒すべき脅威は無か?」
「そこまで情報を引き出すことが出来なかった。無について何処まで知っている?」
「お前と私に無に関する情報の格差は無い筈だ」
王命でパレードが催されるまで存在を秘匿されていた銀が暇潰しに、この世界の知識をかき集め、今現在の行動方針を組み立てていることは、レーヴェンスもよく知り得ている。
その上で、己が銀以上の情報を持ち得ていないと判断した。
自然と銀とレーヴェンスの視線はリーザに殺到することになる。
「えっと、私がいた所まで無の浸食は始まって無かったから……でも、銀様が悪魔から聞いた話から推測できることもあります」
「流石だな、リーザ殿。それで何を感じたのだ?」
「悪魔達の侵略理由です」
「ほう……」
激痛が走るのと呟くタイミングが重なり、銀が声を裏返らせる。
「銀様は大人しくなさっててください! 悪魔が異界人だとすれば、無は召喚機能を内包する巨大な魔法陣なんだと思います。それこそ異界の悪魔を一匹残らず、この世界に送り込める規模の。資源の枯渇、敗戦、原因は何でも良いんですけど、元いた世界での生存が不可能になり、異界に侵略する以外の手立てが無くなったんじゃないでしょうか?」
「追い詰められたが故の侵略か。上等な文明を自称する割に短絡だな」
苦虫を嚙み潰したように顔をしかめて、レーヴェンスが吐き捨てる。
「奴等の感情なぞどうでも良いが、無が転移装置だとすれば話は簡単だ。内部に侵入し、破壊する。それで奴等の目論見は、その存在ごと潰える」
一通りの意見が出尽くすと同時に治療を終え、左手の調子を確かめながら銀は立ち上がって締めくくる。
この男の全てを肯定することは出来ないが、真っ向から困難を捻じ伏せようとする姿は、己にもそれが出来るに違いないという力強い意思が宿るような気がした。
そういった意味では、矢張り銀は勇者なのだろうという納得も生まれる。
「あの、もちろん仮説が間違ってるかも知れませんけど……」
「どちらにせよ今の私達には分からないことだらけだ。無が全てを浸食するとはどういうことなのかさえもな」
「コイツ等の死体から何か分かれば良いがな」
そう言って、銀は残されたバーグ族の遺体に足を向けた。
「それにレーヴェンス。お前にも問い質さねばならないことがある。無から産まれる異形の悪魔……どう見ても同じ人間だ。異形の悪魔とやらの話は何処から生まれた?」
「何を言う!!」
詰問口調の銀にレーヴェンスは不快感を露わに声を張り上げる。
「言語を用いるとは言え、何なんだあの金切り声は!! まるで獣の鳴き声ではないか!! あんな物が人間であってたまるものか!! まさしく異形!! 正しく悪魔の振る舞いでは無いか!! 銀が悪魔の言葉を理解できる理由は分からん!! 異界人であるが故に、ありとあらゆる言語を理解できるのかも知れんが奴等の声も言葉も悍ましいのだ!!」
銀がリーザの方に視線を向けると、彼女もまた神妙な表情で首肯した。
「成る程。そういう認識か」




