第十五話:宣戦布告
『生き恥だ……!』
尋問の最中左腕だけでは無く、右脚まで斬り落とされ、フィロメアは内心で憤慨する。
しかし、それも心の内の話で、いつまでも嗚咽を漏らし、顔を涙と鼻水、鼻血でぐしゃぐしゃにしながら引きずられていく。
頭髪を鷲掴みにされているが、最早抵抗の意思も折れた。
この状況を恥じながらも、
「貴様らをこの場で皆殺しにしてやろうかと思ったが気が変わった。今から仲間の所へ連れて行ってやる。そして、無の中に帰り、貴様等の頭目に俺のことを伝えろ」
生存の可能性がある提案に飛び付いた。
物の様に扱われるのは屈辱だが、敗北を正当化する要素を、この男は口にした。
『貴様達のつまらん侵略と騒動が原因で、俺はこんな世界に召喚される羽目になった』
この男は、この世界の下等な原住民ではない。
我々に反抗する原住民が召喚した、異界人の中でも取り分け上等な種族だ。
そうであるなら、この敗北は殲滅された先鋒ほどの恥にはならない。
「お前も……バーグ族なのか?」
フィロメアの問いに銀は足を止めることなく、首だけ振り返り、彼女を睥睨する。
「成る程、悪魔――、バーグ族とは異世界からの侵略者というわけか」
悪魔という呼称に一瞬だけ折れた心が蘇りそうになるが、ゾッとするような眼光によって再び圧し折られ、口を閉ざす。
「このような下等な文明を相手に、交渉の気が起こらんのも分からんでもないが」
「そ、そうだろ! お前がバーグ族じゃないにしても異界人なら分かるだろ!」
「分からんでもないとは言ったが、分かるとは言っていない。貴様等はこの世界の人間を舐めた結果、少なからずの死者を出した。下等だと分かっているなら、そうと気付かれないように不平等条約を結び、家畜にしてしまえば良かったものを」
「そ、それは……そうだ! お前、原住民に力を貸すのを止めてバーグ族と同盟を結べ!」
「なに……?」
底冷えするような声色と眼光に晒され、フィロメアは怖気付くが、考えようによっては、これは好機だ。
力のある異界人になら敗北しても恥にならないどころか、同盟を結ぶことが出来れば功績にも繋がる。
「あ、あんな下等民族よりも我々の方が強大だ! いずれこの世界はバーグ族が平定する! お、お前が敵だと時間がかかり過ぎる! けれど味方ならそれも早くに済む! 我々の王は寛大だ! お前が恭順を誓えば――」
「そろそろ黙れ。腸を引き抜くぞ」
「う……」
「この俺に寝返れとは舐めた口を利く」
それまで坦々とした口調だったが、あからさまに険が含まれ、苛立ちに染まった声色にフィロメアは震えて黙り込む。
「彼等は未曽有の危機に際し、王と姫が自ら、俺に最大限の誠意を見せた。俺をこのような未開の世界に召喚したのは彼等だが、そもそもの原因は貴様等だろうが。恭順を誓え、だと? 寝返りを唆すなら最低でも、貴様等の王が俺の眼前に這い蹲ってからだ。礼儀を知らん蛮族が」
頭髪を鷲掴みにする手に凄まじい力が籠められていく。
どれ程の膂力があるか定かで無いが、頭皮ごと引き千切られそうな程で、フィロメアが反論することはとうとう無くなった。
銀と戦う――もとい、一方的な暴力に晒される前なら、王に土下座を要求したり、蛮族呼ばわりされて、黙っていることなど出来なかっただろうが。
「命乞いがしたければ、もう少しマシにやれ。心配せずとも今、この場では殺さん。貴様をメッセンジャーに使う。この決定は覆さん」
この期に及んで、命の保証がされたことで、再びフィロメアの心が立ち直る。
「何を狙っている……? そんなことをしても大王は怯えない。お前を殺しに現れるぞ」
「そうか。それは俄然、貴様を生かして帰さねばな」
「お前ならバーグ族の客将として重用される未来もあっただろうに……」
「そもそも貴様等がまともに立ち回っていれば、こんな世界に召喚されずに済んだのだろうが。俺と貴様等の敵対は決定的だ。俺は俺自身の決定を覆すことはしない。殺すか、殺されるかだ」
無警戒に茂みを通り抜け、バーグ族のキャンプ地に辿り着く。
焚火の向こう側に寝込んだハーグ族が一人、寝床は他に三つあったがいずれも空だった。
「性懲りも無く同じ手を」
フィロメアを真正面に放り投げる。彼女は見えない何かに音も無くぶつかって、何者かともつれあうように地面に崩れ落ちる。
矢張り、音は出なかった。
「五感をジャミングする魔法か」
何でもないように呟き心臓を庇うように左掌を突き出すと、矢張り見えない何かが手の甲を貫き、鮮血と共に銀の顔を覆わんとする。
首を逸らして鮮血を避ける。何かが空を切り、銀の頬を薄く裂いた。
「見えず、聞こえず、痛覚と触覚さえも遮断しようとも、間違いなくお前は其処にいる」
骨と肉が裂かれていくことなど意にも介さず、貫かれた左の掌ごと前へと踏み込む。
一歩ほどで左手が前に進まなくなる。
「此処か」
更に引き裂かれていく左手を握り締めると、目に見えない拳大の何か、襲撃者の右手を掴んだ。
それを真下に引き、無防備になった頭部が、頭蓋があるであろうおおよその位置に剣閃を走らせる。
絶命したことで感覚遮断の魔法が解除され、口から上が無くなったバーグ族の男が姿を晒す。
身体から力が抜け、銀にもたれるようにして倒れ込んで来たのを振り払い、フィロメアともつれ込んだ襲撃者に投げ付け、再び地を舐めさせる。
剣が突き刺さったまま左手の形が更に歪に変形したが、顔色一つ変えず、もがくフィロメアと襲撃者を無視して、寝込んでいる方に近付き心臓を一突きにする。
抵抗は無く、刀身を捻り上げると痙攣してこと切れた。
「下等民族風情……がッ!」
フィロメアを押し退け立ち上がろうとする襲撃者の顔面に靴裏を叩き込み、鼻っ面と前歯を圧し折る。
気勢を削ぎ、すかさず脇腹を蹴り付ける。あばら骨が砕ける音が響いた。
「世界が違えど、肋骨が簡単に折れるのは共通か」
「やめ……ヅッ!!」
襲撃者が両手で庇うよりも、銀の爪先があばらに突き刺さる方が早く、再び破砕音と悲痛な叫びが漏れる。
銀は特に何かを主張するわけでも無く、ただ無言で、ただただ執拗にあばら骨を蹴り折っていく。
蹴りが止まり、再び銀の口が開かれたのは、襲撃者の身体から、あばら骨が砕ける音がしなくなってからのことだった。
「貴様には、その女を連れ帰る役目をくれてやる」
襲撃者の髪を鷲掴みにして、無理矢理身体を起こさせて、一瞥と共に一言放つと、体重を乗せて顔面を地面に叩き付ける。
頭骨が割れる音がしたが、死んではいない。ただ呼吸を荒くして震えているだけだ。
フィロメアに比べると心が折れるまでの時間が驚く程早い。
それは彼女も思ったらしく、ある種の失望が顔に浮かんでいた。
「肋骨が粉々になったとは言え、手足は無事なんだ。この女を連れて帰れ。俺が言いたいことは全て、この女に伝えてある。ああ、あと追伸だ。大王とやらに伝えろ」
――貴様の首は俺が手ずから斬り落としてやる。




