第十二話:横恋慕
銀たちの旅に、魔法使いリーザ、御者のレジーナが新たに加わった。
しかし、聖戦士に匹敵する実力と正義感を持つ期待の新人は何処と無く上の空だった。
彼女の心情の理由をレーヴェンスだけが知っている。
己の余計な発言が稀有な人材を曇らせた。
罪悪の自覚に戸惑っている間にも、馬車は進む。
大森林を見下ろすことの出来る小高い丘陵地帯だ。
リーザたちは悪魔の追手を振り切り、時には逆撃の機会とするため、大森林に潜伏し、力尽きて奴隷商たちに囚われた。
その日から既に七日が経過しているが、その間、悪魔達が大森林から姿を見せることは無かった。
こんな辺境の大森林で待ち構えているということは無いにしても、潜伏し、傷を癒している可能性は十二分にある。
「弱っているなら悪魔を殺す練習に丁度良い」という、銀の鶴の一声が決め手となった。
リーザは元より、悪魔と戦い、辛酸を舐めた経験を持つレーヴェンスも否定しなかった。
馬車が移動している間、銀は悪魔について、質問を繰り返した。
それ以外の話題に興味は無いと言わんばかりの態度で、レーヴェンスも根気よく付き合った。
戦いをする以上、相手が人間だろうが悪魔だろうが、死ぬときは死ぬ。
しかも、レーヴェンスは六十体の悪魔を殺すために、その五倍の兵力を引き換えにしなくてはならなかった。
自惚れの誹りを恐れずに言うなら、己がいなければ兵力を全て失った挙句、悪魔の半数さえも殺せなかったであろうことも理解している。
銀がどれほど優れた才を持っていたとしても、常人より抜きん出ているだけの素人であることに違いはない。
寧ろ、その慎重さをレーヴェンスは歓迎したが、懸念が無いわけでは無かった。
『銀のリーザ殿を見る目が厳しくなっていっている気がする』
その懸念はすぐさま、現実の物になった。
馬車が丘陵地帯で止まり、休憩を挟みながら大森林の様子を調べ、悪魔の姿が確認出来れば強襲を仕掛ける。
方針自体は、馬車の中で既に纏まっている。
レーヴェンスは大森林に悪魔がいるという前提で、戦闘準備を進めていると、
「あの女を仲間にしたのは間違いだったかも知れないな」と銀が呟いた。
悪魔に関する問いはレーヴェンスだけにしていたのではない。
リーザに対しても、問いかけていた。
だが、その度に上の空で、何を聞かれていたかさえも把握していない有様だった。
やがて、銀がリーザに声をかけることはなくなり、時折リーザの方に視線を向け、レーヴェンスの話を聞いていないことを認めると、いよいよ視線すら向けなくなった。
「私のせいかも知れん。いや、私のせいだ」
レーヴェンスは何もかもを白状した。
リーザに懸想を抱いていること。
しかし、リーザは銀に淡い恋慕の情を抱いていること。
それを嫉妬し、銀にネーヴィカ姫の影をチラつかせたこと。
リーザに変化が生じたのはそれからであること。
全てを白状した。
「驚くほど下らんな」
レーヴェンスにとって相当な覚悟だったが、銀は一言で切り捨てた。
それだけではない。支度をする銀の両手は自然と動きが止まっていた。
「動きが止まるほど下らんか、私の懊悩は」
「人の感情は否定しない」
銀は支度を再開して言葉を続ける。
「だが、俺達に与えられた役目は何だ? 普通の人間よりも重たい物を背負っている立場の筈だ。そういうのは平和になってからやれ。お前、大人だろう」
色んな意味でショックだった。
いい歳して説教されたのもそうだが、この男の口から普通の説教が、一般論が飛び出したことがまずショックだった。
この世界に何の愛着も、義理もない銀の方が救世に真摯な姿勢を示していることもだ。
「女子供の機微など俺には分からん。自分でどうにかしろ」
「私がか……?」
「縁もゆかりも無い世界を救わせるばかりか、恋慕の仲裁まで俺にやらせる気か?」
それを言われては、何も言い返せない。
銀に劣等感を抱きかけていたが、最早それどころではない。
思考が纏まらず、何をして良いのか、何一つとして建設的な決断を下せない。
「破廉恥な男だな……私は」
「お前は自分を責めていれば楽かも知れんが、それでは何の解決にもならんぞ」
「あーもう! 黙っていたらウジウジと! 男のくせに情けないったらありゃしない!」
間に割り込んで来たのは、難民の中から協力を申し出た御者のレジーナだった。
「アンタね、男だったらお前に惚れた! 俺の女になれ! くらい言えないのかい?」
「そ、それは……」
「悪魔は斬れても女は口説けないって? なっさけな!」
レーヴェンスでは話にならないと、レジーナは銀に人差し指を突き付ける。
「じゃあ、アンタ!」
矛先が逸れて安堵していると筆舌し難い表情の銀と目が合った。すぐさま逸らした。
「アンタ、あの娘と付き合うなり振るなりしなさい。それで話も丸く済むから」
「付き合い切れるか馬鹿が」
「馬鹿って言った方が馬鹿なのよ、この薄情者! バーカッ!」
「そんな餓鬼みたいな返し方しかできないから馬鹿と言われるのだ。弁えろ馬鹿が」
言うだけ言って、銀は立ち上がる。
これでリーザの元に行くのなら可愛げもあるが、銀の向かった先は丘陵の切り立った崖の先端で、眼下に広がる大森林を睥睨するように、悪魔の姿を探し始めた。
「な、なんなのアイツ!? ハァ? アレが救世主!? 世も末ね!」
「そう言わないでやってくれ。あれで真面目な男なんだ」
「ハッ、どうだか!」
レジーナは銀に聞こえるように言うが、銀は完全に興味関心を失っているらしく、微動だにすること無く、大森林を見下ろしていた。
『それよりも今の騒ぎがリーザ殿に聞こえてはいないだろうか』
レジーナは大きく、通りの良い声をしている。
『多分、聞こえているのだろうな……』
レーヴェンスは場の空気から逃れるために、銀と共に大森林の様子を窺うのであった。




