雪 共通1
雪の降る晩のこと、どこかの屋敷の縁側に男と臨月の女が佇んでいる。
腹部は張りつめており、子はもう幾何かで生まれてくるであろう程。
我が子へ与える名の候補を口にして、一番響きの良いものを与えよう。
その提案に女が頷くと、男は長居しては身体に障るので部屋へ戻るよう言った。
「~であるからして……ここまでは理解できたな?
夕蝉 詩由!」
教師は居眠りをする女子生徒を名指しした。
「……はっ! ごめんなさいお母さん!」
彼女は名前を呼ばれたことで、文字通りにハッと目を覚ます。
おまけに教師を、しかも男性をお母さんと呼び間違えるオプション付きだ。
「おはよう。それでは、教科書4ページの作者の考えを述べよ」
「えっと、ダニエラはこの家にホームステイして……」
「それは英語の教科書だ」
夜野先生に指摘されて今の授業は古文だったと気がつく。
「居眠りしてました! すみません!」
「それは知っている。……まあいい、次はまじめに聞くように」
「はい……」
クラス中から笑われ、恥ずかしくてたまらず、しばらく机に突っ伏すしかなかった。
「今日はここまで……明日から夏休みだが、くれぐれも問題は起こすなよ」
特にお前だ! といいたげに先生はこちらを見ている。
授業も終わったことだし、部室に向かおう。
「夕蝉、ちゃんと戸締りはしているか?」
「はい!」
私は一週間前に転校して来たばかりで、施設育ち。
あの先生には施設を出る前に一人暮らしの手続き諸々をしてもらった。
「さて、部室いかないと」
私が所属しているのはいわゆる入りたい部活が無い人の寄せ集め。
通称【帰宅したい部】
近年コミュニケーション能力が欠落していたり、協調性が無い子が増えている。
そのために校則でマジの帰宅部は禁止なのだ。
「やあ、夕蝉ちゃん」
成績優秀で優しくて頼りになる。苗字が少し変わっているけれど。
「火津尾酉先輩、金山くんと土森くんは?」
「まだ来てないよ」
「そうですか……」
「ところで、夏休みはどうする?」
「部活の折り合いで決めます」
「一人暮らししているんだよね。バイト……この学校禁止か」
私が施設育ちであることは言ってあるが、誰かに引き取られたわけでもない。
どうやって生活しているのだろうか、そんな疑問が彼に湧いているだろう。
「生活費は誰かが出してくれているんです」
自分でもよくわからない事を言っている。
生活に必要なお金がいつの間にか振り込まれているなんて話を誰が信じるのだろう。
「そうなんだ」
先輩は詮索しないでくれた。