魔物について
巣へと戻ったわしが横穴の中に入るとそこはかなり広い空間であった。
円柱を縦に半分にして横倒しにしたような少し細長い形状をしており、奥の空間では少し段差を作って高くしたところに母がその体を横たえていた。
基本的に母はこの巣穴から外へは出ない。
自分の縄張りの中のことは自分が送り出している魔力によって正確に把握することができるし、縄張り内で何かが起きても自分の眷属の竜を向かわせれば問題にならないからであった。
そうして母は一日中この巣の中で縄張りの様子を見守りながらこの地で生成される魔力を己の身に吸収し、そして送り出しているのである。
竜の目で見れば母の体から放出される魔力が虹の如き輝きを持って洞窟から縄張り内を満たし、さらに遠くへと送られていくのを見ることができた。
『ただいま戻りました、母さま』
『お帰りなさい、カダル。飛行の訓練は順調のようね』
『はい。だいぶ飛べるようになりました』
わしはそう言うと翼を広げて見せる。
最初こそ弱々しかった羽は使うようになるとすぐにわしを支えることのできる強靭で大きなものとなった。
『えらいわね。これで一安心というところかしら』
『ご心配をおかけしました』
わしが頭を下げると腹の虫が盛大になく。
『…失礼しました』
『まだ育ち盛りだものね。今朝、また食糧庫に魔物が置かれていったからそれを食べなさい』
そう言うと母は入ってすぐにある脇の横穴を示す。
わしがそこに入っていくと中にはミノタウロスが2頭ほど亡骸となって置かれていた。
わしはそれを右足の爪と牙に引っ掛けて巣へと戻る。
この2頭の魔物は母の眷属たる他の竜たちが母に請われて持ってきたものだ。
母は食事が不要なので当然わしのための食料である。
母に子が生まれるとこうして食事が運び込まれるようになるらしい。先ほどの横穴はそうして狩って来た獲物を置いておくための場所だった。狩ってきたその日のうちに消費してしまうので基本的にいつも空っぽだったが。
巣に戻ると早速わしは今日の夕飯を食べる。
『そうです。母さま、聞きたいことがあるのですが』
『まずは食事を終えてからにしなさい』
夕飯を食べながら母に疑問を投げようとすると叱られてしまった。
わしはとりあえず夕飯を完食すると改めて母に尋ねた。
『母さま、思ったのですが魔物とはいったい何なのでしょうか?』
『どうしたの急に?』
母が首を傾げるのにわしは頷いて自分の魔物に関する知識を披露する。
魔物とは魔力を利用する存在の総称でその種類は多岐に及ぶ。
基本的には獣が多いが、死んだ霊魂が強い魔力を持っていて現世に留まった物や2足歩行の人型に近い者もいる。このような存在を含めて魔なる物、魔物と呼んでいた。
霊魂などは別だが、実体を有する魔物は普通の獣と同じように子を成し、増えていく。ただその生態の関係で魔力が常に必要となるため、魔力が濃い地域を好む傾向がある。
魔力の濃さによって生息する種族も異なり、分化も激しいことから個々の魔物の生態はほとんど分かっていなかった。
『このように魔物は様々な種類が存在しますがどのような目的で生まれたのか気になったのです』
人や竜、神はそれぞれ目的を与えられてこの世に存在している。
では同じくこの世に存在している魔物にも何らかの目的があって存在していると考え、わしは母に尋ねた。
しかし、母はすぐに返答をせずに少し考えるような仕種をしてから口を開いた。
『魔物はある意味ではこの世界の本当の住人たちよ』
『それはどういう意味でしょうか?』
首を傾げる私に母が語ったのはこういう話であった。
魔物とは創世の神々が最初に生み出した生命、それが長い年月のうちに進化し、世界に溢れている魔力を取り込み扱うことができるようになった存在だった。
彼らは我々人間のように何かを目的として生み出された存在ではなく、ただ世界を構成する存在達として生み出された。
何者の干渉を受けることもなく今日まで存在してきたもの。創世の神々が望んだ彼らの手の加わらない、あるがままにある存在達。
『彼らは最初の生命から進化した命の1つの形、世界に満ちる魔力と言う環境に適応したあらゆる可能性の中の1つよ。世界から見ればそれから外れた私たち竜や神々こそ部外者でしょう?』
『では人はどうなのですか、人は神々が生み出した存在ですよね』
あるがままにある存在こそがこの世界の住人であるならば、神々によって作為的に生み出された私たち人間はこの世界の住人とは言えない。
わしの問いに母は少し考えるように目を伏せ、そして静かにこう言った。
『人は世界の住人でもあり、部外者でもある。と言ったところかしら。人の元になった存在は確かに最初の命から進化した存在達だけれどそこには神々が手を加えてしまった。可能性としてはあり得たけれどそれが無理矢理に選択されたものだとしたら…そう言う存在はどちらと言うべきなのでしょうね?』
母の問いにわしは何も言えず、ただ押し黙ることしかできなかった。
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