飛行訓練
この頃のわしは体が成長し、先延ばしにしていたある訓練に励んでおった。
幼少のころからどうしても人間だったころの感覚が邪魔をしてやり方がつかめず先延ばしにしていたのだが、『そろそろ覚えないと一生出来なくなっちゃうわよ?』と母に脅され、意を決してわしは今まで先延ばしにしてきた【飛行】の訓練を開始した。
とわいえ、もともと飛ぶのは竜の本能のようなもの。ある程度ならばすぐにできるようになった。
一番最初にしたのは高いところから飛び立ち、気流を捉えながら飛ぶ滑空飛行。これは簡単じゃった。
次に助走をつけて地面から飛び立ち、さらに気流をつかんで上昇や方向転換をすることにもすぐに慣れた。
では現在、わしが苦戦しているのは何かといえば、助走をつけずに地面から飛び立つ【垂直離陸】の飛び方じゃった。
これは火山や洞窟の天井から飛び立つのによく利用するためできるようになっておかないと住処が非常に限定されることになる。体の大きな竜にとっては必須課題じゃった。
垂直離陸はまず四肢の力で跳ねて翼が風を捉えることができる高さに体を持っていく、そして翼を使って高度を追加したり、風を捕まえるまで滞空した後、飛行に移行するという手順をたどることになる。
跳ねることは問題ない。今までの竜生でそこら辺は鍛えてきた自信がある。
しかし、翼による高度の追加や滞空が問題じゃった。
今までろくに使ってこなかったためわしの翼の力では自分の体を上昇させることはおろか、その場に滞空させることすらできなんだ。
では、どうするか。
当然魔法を使うことは許されない。母から『そんな軽いうちから魔法で飛ぶことに慣れたら体が大きくなった時に負担になっちゃうし、いざという時に自分を支えられないわ。いけません』と言われてしまった。
となると残された道は「翼を鍛える」か「飛行に移るまでの時間を少なくする」の2つ。
「飛行に移るまでの時間を少なくする」ことも重要ではあるがまずは「翼を鍛える」べきじゃろう。いくらなんでも滞空すらできない筋力では工夫とか以前の問題である。
その日からわしは地面を蹴って跳ねて高度をとると羽ばたき、ゆっくりと地面に下りる。そしてまた跳ねてを体が動かなくなるまで繰り返した。
翌日は盛大に体中に痛みが走ったが、翌々日にはまた訓練ができるほどに回復した。
こうしてわしはひたすら跳ねては羽ばたき、跳ねては羽ばたきを繰り返した。
やがて滞空出来るようになり、その時間が延び、羽ばたきだけである程度の高さまでなら上昇できるようにすらなった。
竜の成長は凄まじく。ほとんど使っていなかった翼でさえ、二週間も飛んで跳ねてを繰り返していれば今言ったようなレベルまで成長した。この体は本当に素晴らしい。今ならばかなりの時間、空中で滞空することができるじゃろう。
しかし、こうしてどったんばったん飛び跳ねていれば当然腹も空いてくる。
育ち盛りの子の体には栄養が必要じゃ。母のように魔力だけで生きられるほど成長はしていない。
そこで先ほどの狩りというわけじゃな。
この体は非常に優秀じゃから、探そうと思えばすぐに獲物を見つけることができるし、獲物に遅れをとることなどありえん。母の森にすむ存在でわしと相対できるのはそれこそ同じ金属竜だけじゃった。
そうしてガリゴリと生の食事を終えると再びどったんばったんの繰り返しである。
通りかかったミノタウロスがわしを見て鼻で笑ったのでおやつになってもらった以外は特にいつも通りの1日であった。
1日が終わり、夜が近づくとわしは母のいる巣へと戻る。
別に竜は夜目が効かないというわけでもないので夜でも活動できるのだが、こうして区切りを作らないと休むタイミングが取れないのだ。
わしは夕日が沈み始めるのを確認すると樹海の中を母のいる巣に向かって駆ける。
残念ながらまだ飛ぶのが下手だったわしは地を駆けた方が速かった。
母の巣は大樹海の中心に空いた巨大な穴の底、そこに作った横穴の奥であった。
縦穴はそれなりに大きいが、空からは木々に覆われて穴を見つけることは難しい。
深さもそれなりにあるので底にある横穴を見つけるのは難しい作りになっていた。
最初は穴の底で眠っていたらしいのだが、雨や魔物が降ってきたときに煩わしいので横穴を作ってそこで寝るようになったらしい。
穴に辿り着いたわしは一切の躊躇なく穴からその身を躍らせるとある程度落ちたところで翼を開き、ゆっくりと滑空しながら穴の底に降りる。
『母さま。ただいま戻りました』
穴の底まで無事に降り立つとわしは横穴に入りながら母に声をかける。
『お帰りなさい、カダル』
母の出迎えのあいさつにどことなく面白がるような雰囲気を感じてわしは首を傾げた。
『母さま、どうしたのですか?』
『飛ぶ練習を始めるまでは何も考えずに飛び降りて地面を陥没させていた子が随分とおとなしく降りるようになったと思ったらおかしくなってしまって』
母の言葉にわしは背後を振り返って一点を見る。
そこには何か重量物が落ちたようにクレーターが出来上がっていた。
『あの頃は翼で自分を支えられませんでしたので』
滑空飛行すらできなかったわしは巣に戻ってくると穴の縁から底に向かって跳躍し、そのまま自由落下に任せて落ちていた。
特にけがをすることはないし、あれはあれで楽しいものでもある。
『まったく。けがをしないからって毎度落ちていたら埃が舞ってしょうがないもの、やめて頂戴ね』
母に困り声で言われてしまっては従わないわけにはいかない。
こうしてわしは滑空しながら降りるようにしているのじゃった。
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