狩猟
わしは一頭の獣と対峙しておった。
さんざん追い回されて逃げられないと悟ったのか奴はその拳を握りしめている。
追い詰められたことで緊張しているのかその鼻息は荒く、視線は恐怖と決死の覚悟を持ってわしを睨んでおった。
『さて、やっとあきらめたか。おぬしには悪いがわしの昼食となってもらう』
わしは追い詰めたその獣にそう言うと一歩前に出る。
本日のわしの昼食である目の前の獣の名はミノタウロス。
牛の頭に人間の体を持ち、その体躯は3mを超える。その大木のような腕から繰り出される一撃は並みの獣ならばそのまま叩き潰してしまう。
人が相手にするのは少々きつい相手じゃ。
人だったころは遅れをとることはないものの油断はできぬ相手じゃった。
そんなことを思い出しながらわしはさらに一歩前にでる。
するとミノタウロスはその膂力のすべてを持ってわしめがけて突進してきた。
その勢いは凄まじく。人がまともに正面から受ければ轢き殺されて形も残るまい。
この体なら避けることもできるが…。
わしは正面からその突進を受けた。
まだまだ体が軽い。
痛みなど一切感じないが、突進の勢いを殺し切ることができずに10cm程後ろに下がらされてしまった。
決死の覚悟と共に放った渾身の一撃であっただろう突進を止められた哀れなミノタウロスは戸惑っている様子であった。
そんな相手の隙をわざわざ見逃す必要もない。
わしは昼食の首に向けてその牙を突き立てる。
噛み砕くこともできるが、そうすると痛みで昼食が暴れるので首の力だけで横に押し倒し、その背に左足を乗せる。
これで暴れることはできない。
後は右前足の爪でその首を掻き切る。剣のように太く研ぎたての刃のように鋭い爪はいとも容易く昼食の首を刎ねる。
首に食いつかれてから首を刎ねられるまでの間、おそらくこの昼食は何が起きたかわからなかっただろう。
わしは未だに痙攣している昼食の巨体を噛み砕きながら腹へと収めていく。
元人間としてはせめて焼くぐらいの調理はしたいところなのだが、この体では火が熾せない。
どうにか焼く手段はないものかと試しに竜の代名詞であるブレスを吐いてみたところ形すら残らなかった。あれは悲しかった。
考えあぐねたわしは下級の火魔法を使うことにした。いくら魔法を使ってはいけないと言われているとは言え、最下級の魔法であればその威力もたかが知れておると思い使ってみたのじゃが…。
『ファイアーボール』
人の頃でさえ老境に差し掛かってからは使っていなかった最も簡単な火魔法の術式を作り、魔力をほんの爪の先ほど流す。
そうして生まれた火球は仕留めたミノタウロスへと飛んでいき、着弾と同時に派手に火柱を上げてミノタウロスをただの炭へと変えた。
竜の持つ魔力は通常の人が使う魔力とは濃度が異なり、その魔力は非常に濃い。
そのためほんの少しの魔力でも桁違いの威力が出てしまう。どれだけ繊細な魔力操作が必要になるのかと軽く落ち込んだわい。これでもわし、前世では名の通った魔法使いじゃったんじゃよ?
さらに悲しみと共にミノタウロスを生で食べて|家≪巣≫に帰ると母がとても怖い笑顔でわしのことを出迎えた。
『魔法は使ってはいけないと言いませんでしたか?』
わしは速攻で土下座した。母は怒ると怖かった。
こういう経緯があってわしは食料を丸のまま食べている次第である。
骨のガリゴリとした触感を楽しみながら食事を終える。せめて焼いて塩が振りたい…。
わしは一度ため息をつくと今日の目的の場所へ移動した。
読んでいただきありがとうございました。




