世界創世の話
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そうして日々を過ごしてどれくらいの時が経ったのか。人の身でなくなってしまった我には数年のように感じたがおそらくは数十年、あるいは百年近くの時が経っていたかも知れぬ。
そうして時を過ごしているうちに幼きわしは子竜になった。幼き頃は5メートルほどであったわしの体もこの頃には10メートル程度になっておった。それでも母の十分の一程度しかなかったがの。
この頃になるとわしが全力で走ると母の縄張りから抜け出てしまうことが増えた。
それを見かねた母は自分の縄張りを一度わしを背に乗せて一巡した。
わしが遊ぶ範囲を覚えさせるためと彼女の守る地を我が子に見せるためだった。
「しっかりと見て覚えなさい」
母の背は広く。わしがその背に乗ってもこゆるぎもしないほどに堂々たる姿であった。
母の背に吹く風は強く早いものであったが、竜として成長したわしの体には気持ちの良いものでしかなかった。
そして母の背に負われてみた世界は広く本当に広大に広がっていた。
空から見る世界は地上で見た世界よりもその広大さをありありとそしてその一部たるわしの小ささをまざまざと見せつけたのじゃ。
『カダル。これが私の統べる地。この土地のすべてに私の力が行き届いていることが分かりますか?』
そう言われて初めてわしは気が付いた。
竜の目を通してみればこの土地の魔力の中には必ず金色をした魔力が混ざっていたのじゃ。
それこそがわが母の魔力。
彼女の魔力は彼女の縄張りの隅々にまで行き渡り、そこに生きるすべての者たちに時にその土の力として、時に食事として多くの恩恵を与えておった。
『カダル。私たち竜はこの世界において特別な役割を与えられています』
『役割ですか?』
『そう。それは神々が生まれて間もない、創世の時代からの決まり事』
竜はありとあらゆる世界の住人たちから一線を画す存在であった。
それは彼らが請け負っている役割によるものであり、そのために竜は強大である必要があったのだ。
『かつてこの世界が作られたおり、世界はあまりにも荒れていました。整える者なき魔力は荒れ狂い、その波にあおられて山は火を噴き、海は渦を巻いて深淵えとすべてを飲み込み、またそれを天高くまで噴き上げていました』
それは昔語りとして語られる人では知りうることのできぬ話。
永く生きた母だからこそ語ることのできる創世の実話であった。
『神々ですら原初のあまりに荒れる世界のすべてを落ち着かせることはできず、限られた地で世界を変えるための準備をしていました。荒れた世界を治めるためには魔力を整理する必要がありました。世界が荒れているのは世界の根源たる魔力が混沌として落ち着くことがなかったから。だから混乱の元である魔力を落ち着かせることができればこの世界も徐々に落ち着いていくはずだったのです。ですが原初の世界においては神々の数も少なく、彼らだけで世界中の魔力をあまねく整えることは不可能でした』
母は昔を懐かしむようにそう言いながら今は落ち着いた世界の上を飛んでいく。
時折、火を噴く山や凍てつく氷の谷を見かけるがそれらは限られた地域のみでほとんどは安定した大地が広がっており、かつて世界が母の言うように荒れていたようには見えなかった。
『神々は最初に魔力を安定させるために植物を作りました。彼らは大地より余分な魔力を吸い出し、己のうちにため込んで魔力を安定した形に変えました。けれど植物だけでは限界がありました。彼らは魔力だけでは生きられず、土地の養分も必要としたからです。枯れた植物からは魔力があふれ出し、再び世界は荒れました』
なるほどだから森林や樹海と呼ばれるところでは魔力が安定しておったのか。わしが人であったころ多くの者達がその答えを探し求めていたがついぞ確証は得られていなかったというのにここであっさり答えが出てしまった。
母の語る物語は人では辿り着くのにその生涯では足りぬほどのこの世界の心理がいくつも語られておった。
『神々は次に捕食者と分解者を作りました。捕食者は植物やあるいは己と同じような存在を喰らい、植物たちよりも多くの魔力をその身に封じ込めることができました。そして魔力を封じて枯れた植物や死んだ捕食者を魔力を封じたまま土地の栄養に換えることのできる分解者によって魔力は再び解放されることなく世界は安定したのです』
なるほどこれが今の世界を形作る根本の部分と言うわけか。生物たちが生きていくことで魔力が安定し、そして魔力が安定することで世界も安定すると。
『世界が荒れる原因は魔力が乱れることだけではないわ。大地の鳴動や大風、火山は世界の理の一部でもあるから。魔力が安定していてもそれらは起こりうる。すべてを魔力のせいにしては駄目よ? けれど魔力が安定したことによって世界が荒れる頻度は劇的に減ったわ』
母の話を聞きながらわしは思った。
今までの話には"神々"、"植物(草や木)"、"捕食者(野の獣)"、"分解者(菌類など)"は出てきた。
では"人"は? そしてわしら"竜"は?
『母様、われら竜の話が一向に出てきませんが?』
『ふふ。そうねこれからが大事な話。私たち"竜"が生まれる話』
母はそう言うと一度、自分の巣へと戻った。
これから話すことをしっかりと自分の子に聞かせるために。
そして他の何者にも聞かせぬために。
読んでいただきありがとうございました。




