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魔法銀の竜  作者: アルカスの爺
語り始め
2/10

前世の終わりと新たな始まり

更新スピードには期待しないでください

 まずはわしが生まれる前の話をせねばなるまいて。

 わしはこの姿で生まれてくる前は人間であった。

 ひとつ前のわしは人の中でも有数の魔法使いであった。ある帝国に属して魔法の研究をし、その帝国でも一番と言われる程であった。

 そんなわしでも寿命は来る。わしはその時、人としての命を終えようとしておった。

 じゃが、わしはやっと来たその時に期待を止めることが出来なんだ。


 何? これから死ぬのに期待も何もないだろう とな?

 然り、然り。確かに普通の人ではそうであろうよ。

 じゃが、わしは違う。

 わしには夢があったのよ。幼き頃に目にした美しくも力強い偉大なる存在、わしはそれになりたかった。

 大空を駆ける巨躯、永劫とも思える長い年月を生き抜く生命力、人では到底成し得ないほどの魔法をいともたやすく行う魔力、そしてそれらを支える深き知恵。わしは『竜』になりたかったのよ。

 だが所詮は人の身では叶わぬこと。ゆえにわしは次の生にその望みを託すことにした。


 そのためにわしはできうる限りの手を打った。

 魔法を知り、世界の理を解き、魂の位階を上げるために研鑽にはげんだ。


 魂の位階とは何か? と? そなたの世界にはないのか? ふむ。ずいぶん遠い世界から来たものよな。

 魂の位階とはすなわちその者の魂の階級よ。位階が高ければ高いほど高貴なる魂となり、高貴なる魂は莫大な魔力と理への強い干渉力を持つ。そしてその魂を修めるに足る器もまた強靭なものになるのじゃ。

 すなわち魂の位階を上げれば必然的に強い存在へと生まれ変われると言うことじゃ。『神』や『竜』にな。

 もちろん視覚化出来る物ではないゆえに存在を疑問視する者もいたが、そこはほれ、元人間のわしが竜になれたことで証明しておる。

 魂の位階を上げることはとてもつらく厳しい修練が必要であったが、それだけの事をした甲斐があったというものよな。


 そんなわけでわしは今終えようとしている人生を懐かしみながらも次に来る生への期待にうちふるえておったのじゃ


 やがてわしの命はつき、繰り返されてきた呼吸は止まって我が魂は使い古した馴染みの人の体から抜け出た。

 命をつないだままではあんなにも難しい肉体からの離脱が命がなくなった途端にこんなにも簡単にできると言うのはなんとも皮肉なことじゃて。

 わしはわしを看取ってくれた多くの同胞たちを一度見回し、届かぬ別れを告げた後、転生のために大いなる流れに乗ったのじゃ。


 大いなる流れとは流転する生命が作り出す始まりと終わりの流れ、それらは止まることなく命あるすべての場所へ流れていく。

 そんな流れの起点にして終点にあるのが転生の神 アルメガの神殿じゃ。

 アルメガはあらゆるものに対して平等であり、無慈悲であり、そして寛容なる神。

 滅多な事ではその神殿より出ることはなく、ただただ流れくる魂達の転生先を決めているのじゃ。

 彼がいつからそこに座して魂達の転生先を決めていたのかは最も古い神々すら知らず、そして彼自身すらその例外ではなかった。

 わしはわしとしては初めての我が魂には何度目になるかも分からないアルメガの神殿の中をただ歩いておった。荘厳な佇まいの静かなる廊下はこれから受ける裁定の重さを表しているようで何とも厳かな気分になったものじゃ。

 その廊下の突き当たりには高く大きな石の扉があった。わしが所属した帝国の謁見の間にあった扉よりもなお大きく重厚な扉はわしがその前に立つと軋むことなくしかしゆっくりと開いていった。

 その扉を抜けた先でわしを待っていたのは一人の老人であった。

 皺くちゃになった顔に地面についてもなお足らずその老人の椅子を一周して回るほどに長く白いひげが生えていた。

 私が部屋に入ったことに気が付いた老人はにっこりとほほ笑むと彼の前の位置を指し示した。

 そこにはいつの間にやら一脚の椅子が置かれている。

 そこに座れと言うことらしい。


 指し示された椅子に私が座ると老人は微笑んだまま挨拶を言った。

「これは----殿。あなたもついに我が神殿を訪れましたか。生前はご苦労様でした」

「あなたの耳にすら入っているとは光栄なこと。転生の神、アルメガ殿」

 老人は笑みを絶やすことなく会釈を返した。

「しかし、貴方のような死生観をお持ちの方も珍しい。このような姿を取るのは私も久しぶりです」

 アルメガはそう言うと自身の姿を見て声を上げて笑った。


 アルメガは様々な姿を持つ神じゃ。いや、もしかしたら決まった姿はないのかも知れぬな。

 時には厳めしい悪鬼が如き姿で現れる時もあれば、慈悲深そうな女性の姿で現れる時もあると言う。

 アルメガの姿はその物が持つ死後の世界のイメージによって形作られるのじゃ。

 わしにとっての死後は単なる通過点。

 かと言って死後の世界には厳格な審判があるとも教わってきた。

 ゆえにこのように荘厳な建物と一件不釣り合いなほどの物腰の柔らかな老人のとりあわせとなったのだろう。


「死は受け入れれば友となる。恐るべき者ではあるが常にそばで貴方を見ている。そんな相手ならば見た目は貴方のように穏やかなのではないかと思うのです」

「そんな風に死を受け入れられる者は少ないのです。短命な者であればあるほどに」

「それはいたしかたない事。何かを成そうとすればあまりにも短く、何も成さないのならばあまりにも長い。それが人生というものだと」

「その通りです。さて貴方が成したことの結果についてですが…」

 アルメガはそう言うと虚空から一枚の紙を取り出し、胸元から取り出した眼鏡をかけて読む。

 なんとも年寄りくさく、役所の事務員のようなにおいが漂っている。

 私はアルメガの下す裁定に緊張を少しでも緩めるためにそんな事を思った。

「あなたの魂の位階ならば上位の神、そのなかでも有数の神になれますが、意志に変わりはありませんか?」

 アルメガは確認するようにそう言った。かけた眼鏡の奥から真剣で少しの揺らぎも見逃さないようなそんな視線が向けられる。

 だが、私も折れるわけにはいかない。

「変わらない。私は『竜』になりたいのです」

 私の答えにアルメガは呆れの混じったため息を零すと頷いた。

「承知しました。貴方の魂の位階は十二分にその資格を持ちます。ですが中位神の魂を受け入れられるだけの器となればいかな竜といえども限られてくるのです」

 アルメガはそう言うと先ほどとは別の紙を取り出した。

「ふぅむ…、あぁ、これがいい。この器ならば貴方の魂に十全に応えてくれるでしょう」

 アルメガは紙をしまうと私に改めて向き直った。

「----殿。貴方の転生先は決まりました。本来ならば魂を洗い、前世の記憶を封じるのが次の手順なのですが…不要ですね」

 アルメガは苦笑を浮かべてそう言った。

「ばれておりましたか」

「遥かなる昔より転生を見守ってきた身を侮ってはいけませんね」

 実は私は魂にある細工を行っていた。一度現れて記憶が封じられた魂の記憶を復活させるための細工だった。

 せっかく竜になれても私が覚えていないのでは意味がない。

「まぁ彼女ならば大丈夫でしょう。では----殿。良い竜生を」


 アルメガがそう言った途端。私の意識は目覚めた。

読んでいただきありがとうございました。

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