天空流転
『久しいな。アルシエラ』
母の前に降り立った金竜。
それは母と同列であり、竜の中でも一つ抜きんでた存在。創世の神々によって世界の管理者たる資格を与えられた六竜のうちの1匹であった。
母の腹の下で震えながらではその姿をすべて視界に収めることはできなかったが、そのたくましい脚や爪は母の持つそれよりも鋭く、強靭そうであった。
『スペリオル。また私の縄張りで威嚇を使ったわね』
母の声には若干の呆れと苛立ちがあった。
『アルシエラ。君の縄張りには命が多すぎる。いちいち気を遣うよりもこうしたほうが楽なのだ』
どうやら先ほどの恐怖はスペリオルによる威嚇の結果であったらしい。
逃れられない死を竜にさえ抱かせる威嚇。
弱い魔物ではそれだけでも死んでしまっているのではないだろうか。
なるほど。だから母は怒っているのか。
『…はぁ。それで? 用事は何なの』
『近くの空に魔力が留まっていたので吹き散らしたのだ。その時に君の巣が近いことを思い出して様子見に来たのだよ』
『ただの様子見で私の縄張りを緊張させないで。それにいつも念話で話しているでしょう?』
『まぁ、確かにそうなんだが…。気になることもあってね』
母とスペリオルのやり取りを母の腹の下で聞いていた私はスペリオルの言葉が止まったことに首を傾げる。
すると彼は足を折って母の前足の間をのぞき込んだ。
わしの目とスペリオルの蒼の瞳が交わる。
意外にも優しい目がこちらを見ていた。
『やぁ。君が銀竜カダルだね。君の母、アルシエラから話は聞いているよ。私の名前はスペリオル。六竜の一、天空流転のスペリオルだ。よろしく』
彼はそう言うとわしのほうをじっと見つめてくる。
『こんにちわ。私は金竜アルシエラの子、銀竜カダルです』
『うん。受け答えのしっかりした賢そうな子だね。先ほどは驚かせてしまったようですまない』
スペリオルのその言葉にわしは威嚇を受けて逃げ出し、母の腹の下で震えていたことを思い出す。
恥ずかしさに目をそらしたわしを可笑しそうに見つめた後、スペリオルは顔を引っ込め、母に視線を合わせた。
『さて、久方ぶりに地上に降りたし、少し休みたいんだ』
『私の巣穴に案内するわ。貴方が外にいてはみんな落ち着いて生活できないもの』
母はそう言うとスペリオルに背を向けて歩き出す。
わしはそれにぴったりと体を寄り添わせてついていく。
後ろからスペリオルの苦笑するような気配を感じた。