戦の笛の音
武器はなまくらなうえにボロボロの槍や剣それぞれ十五本ずつ、防具はお祭りのときに使う祭具を除けば一つも無い。
戦える兵士はせいぜい二十名。
俺が思いついている作戦は相手が思い通りに動いてくれてやっと使えるものである。
そして、一度使えば二度目は使えない可能性が高い。
「・・・あとは何事も起こらないように祈るだけだな」
俺が今している戦争の準備はあくまで可能性の話であって、起こらないということも十分にありえ・・・。
ブォ~・・・ブォ~~~!!
おいおい、こっちの世界にも神様ってのはいないのか?
突如鳴り響いた獣の唸り声のような笛の音。
その音が鳴ったのはかなり遠くであるが、ここまで聞こえてきていた。
笛の音が鳴り響いたのは王都の方向。
「ピィイイイイ!」
俺が偵察を頼んでいた獣人が物凄い勢いで飛んでくる。
彼が乗っているのは天駆馬と呼ばれるグリフォンのような四本足の鳥だ。
この村の村人達はみな天駆馬に乗れるらしい。
彼は天駆馬から飛び降りて、一度地面で転がり着地の衝撃を逃がすと、そのまま忍者のように跪いた。
「報告します!人間の行軍を確認!その数、おそらく二千はいるかと」
「二千!?人口百人にも満たない村を潰すのに二千・・・」
おそらく見せしめのつもりなのだろう。
相手に一度でも攻撃の隙を与えようものなら激流に飲まれるように圧倒的な数で押しつぶされる。
というか、早い。
あの男を追い返したのはついこの前だ。
たった数日で来るとは想像もしていなかった。
いや、そもそも攻撃だろうか?
戦争の前には宣戦布告をするのがマナーである。
相手からこちら側に宣戦布告が来ていない以上、こちらから攻撃するわけにもいかない。
しかし、相手が我々に宣戦布告すらせずに潰しにくるとしたら我々は一瞬でやられてしまう。
この世界に宣戦布告というものが存在するかどうかもわからないぞ。
・・・こちらから宣戦布告すればいいのか。
「よし!急いで戦える人を広場に集めてくれ」
「はっ!」
男は来た時のように物凄い勢いで走っていく。
恐ろしく速い・・・さすが獣人だ。
俺は一度村長宅に戻る。
「村長!」
「どうなさいましたかな・・・うんむぅ、来ましたか」
ドタバタと入ってきた俺の顔を見て、キースは理解したのか唸っている。
「はい、俺が今から言った言葉を紙に書いてくれませんか?」
「えぇ、もちろんです」
そうしてキースに作ってもらったのは宣戦布告のビラだ。
私達は人間が設けた法に基づき正式に王都での勤めを免除されたものである。
ゆえに我々は人間からの武力的な報復を受ける必要も無い。
あなた方がこれ以上進むと言うのであれば、我々も我々の自由のため、全力で抵抗させてもらう。
簡潔な文章ではあるが伝えたいことは伝えられるだろう。
村人達を集めてこのビラをたくさん作ってもらう。
その間に広場に集まった獣人たちに作戦を伝える。
「敵の数は二千、おそらく見せしめのつもりなんだろう、だが、彼らは重大なミスをした」
俺が話し始めたのを家でビラ作りをしている村人達も横目で聞いている。
大分恥ずかしい。
だが、そんなことを言っている場合ではない。
「そう、二千という数がミスなんだ・・・百人ほどの精鋭部隊であれば我々の予想できないところから攻めることも出来ただろう、だが二千ともなると行軍する道は想像しやすくなる」
数が多ければ多いほど、テントや食料といった荷物も多くなる。
そうなれば、もちろん険しい道など進めなくなる。
「彼らは神の台座を直進してくるだろう、俺たちが進むのはここだ」
木の棒で地面に絵を描く。
俺の棒が刺しているのは怒りの道だ。
「怒りの道ですか、しかし、ここは岩などがあって進みにくいのでは?」
「空を飛ぶんだ」
俺は天駆馬を見る。
「なるほど、怒りの道を通って相手に気付かれないように進むんですね」
「そういうことだ、この中で一人は遥か上空を飛んでもらいたい」
「上空?」
「敵の矢も届かないほど高いところからこのビラを落としてくれ」
「・・・こんな丁寧にやらずともぶっ潰してやればいいのでは?」
「いや、必要なんだ、これからのためにも」
「なら、自分が行きます」
名乗り出たのはこの中でも一番若い獣人だった。
俺も彼のことは知っている。
彼の名前はゴウ。
この村の中で天駆馬に乗るのが最も上手い村人だ。
ちなみにアニの弟でもある。
「わかった、このビラを全て撒き終わったら、頃合を見てこの笛を鳴らしてくれ、本隊はその笛の音を合図に一気に飛び出し敵を攻撃、ここに誘導してくれ」
さらに絵をかきたす。
そこは採石場。
「日が沈むと同時に攻撃は中断、村に戻ってくれ」
「「「はっ!」」」
皆動揺するかと思っていたが、なぜか笑顔で生き生きとしている。
「一度でも敵に隙を与えるな!」
「「「はっ!」」」
「容赦は捨てろ、獣になれ!」
「「「はっ!」」」
「作戦開始!!」
「「「はっ!!」」」
男達はみな、村の端の天駆馬の所に走っていく。
ちなみにそこにあった桟橋のようなものは滑走路の役割を果たしていた。
村人達から集めたビラをゴウに渡す。
小さな子どもがかいたのだろうと想像できる、絵付きのビラもあった。
ゴウは優しい目でそのビラを眺める。
「ナナシ様、自分が死んだら姉をよろしくお願いします」
「死ぬな、アニにも村にも、君は必要だ」
「はっ!」
ゴウもビシッと気をつけをすると一礼して獣人たちのあとを追った。
俺はそれを見送って、広場に集まった村人達のほうへ向きなおす。
「もう一つ作って欲しいものがある」