地形
「門を開けよ!」
カンカンカン!
金属同士がぶつかり合う軽快な音が村中に響き渡る。
門が開くと、外からゾロゾロと兵士達が入ってくる。
兵士達は鎧を着ているが、一人だけ布の服で頭に小さな帽子をかぶった男がいる。
鼻の下からは左右にスッと伸びた小さな髭が生えており、羽ペンと紙を持って立つ姿は堂々としている。
「ようこそ、おいでくださいました」
キースが男に深々と頭を下げる。
今日が何の日かは聞いている。
この男達はこの村の女を王都に連れて行くためにきたのだ。
「・・・何をしている?早く女どもを連れて来い」
「そのことなんですが、この村の女は皆、人間の男性と婚約しておりますので・・・」
「なに?貴様、くだらん嘘をつくな!」
男は「汚い嘘で王のご命令を穢すか!」と持っていた短刀でキースに切りかかる。
俺は咄嗟に前に出てその男の腕を止める。
「何だ貴様は!」
「俺はこの村の女性全員と婚約しているナナシと申しますが何か?」
「なっ・・・!ふっ、人間の女に相手にされず、獣人と結婚したのか?可哀想なヤツだな」
男は俺のことを馬鹿にするように笑うと短刀をしまった。
「俺は満足していますよ・・・少なくともこの村には、少し気に入らないことがあっただけで短刀を持ち出して相手を切り殺そうとするような幼稚な方はいませんから」
俺は男にニコッと笑ってみせる。
ジャパニーズ愛想笑いを舐めるなよ。
男は「きっ、貴様・・・!!」と顔を真っ赤にして怒鳴るが、とくに言うことが思い浮かばないのかぐぬぬと唸っている。
ここで何かを言えば俺が言っているのが自分のことだと認めることになるから何もいえないのだろう。
「ふんっ!!貴様等、覚えておけ!」
男はバッと振り返るとスタスタと出口に向かって歩いて行く。
「・・・ええい、早く門を開けぬか!!!」
男はさらに顔を真っ赤にして怒鳴りつけ、子どものように何度も地面を踏みつけている。
そして、開いた門から逃げるように王都へと帰っていった。
「く・・・くくく・・・」
頭を深々と下げたキースもどうやら笑いをこらえているようだ。
「「「いぇえええええええええい!!!」」」
門が閉じたのと一泊置いて村中に歓声が響き渡る。
念のため扉や窓を閉めて、その隙間からこちらの様子を伺っていた村人達も一斉に外に出てくる。
「ありがとうございます」
いつものようにキースが俺の手を握ってお礼を言ってくる。
村中で「ナナシ様万歳!」と叫ばれていて大分恥ずかしい。
だが、もちろん俺もこれで終わるとは思っていない。
何らかの形で報復に来る可能性はかなり高い。
「これからが、勝負だ・・・」
喜ぶ村人を横目に呟く。
「村長、お話しがあります」
「なんですか?」
一度村長宅に戻る。
そして俺の考えを話す。
この村は自給自足、経済的な報復は難しい。
となると、おそらく武力的な報復になる。
はっきり言うと、獣人というのはあまり頭がよくない。
その身体能力の高さは人間の比ではないが、一緒に生活してみて知能が人より劣っていることがわかった。
そして、人間はその獣人の身体能力を相殺できるほどの武力を持っている。
つまり、数だ。
となると、獣人だけでは逃げることさえも困難になるだろう。
だから、もし戦闘になった場合、戦うにしても逃げるにしても俺の・・・人間の頭が必要になる。
そうなると俺は早急にここらの地形や、獣人の戦い方、武器・防具の質、数などを学ばなければならない。
その旨をキースに伝えると「なんということだ・・・では、村人のうち誰かを案内役につけましょう」といって急いだ様子で外に出て行く。
戻ってきたキースの傍らには若い獣人がいた。
「案内役に就けます、ケルトゥです」
「ナナシ様、何でもお聞きください」
「よろしくお願いします」
ケルトゥという獣人は爽やかな好青年だ。
俺はケルトゥに頭を下げる。
「魔物が出ますゆえ、お気をつけを」
家を出るときにキースが注意してくれた。
魔物と言っても、ついこの前の婚約の宴で見た劇に出てくるような強力なものではなく、比較的弱いものみたいだ。
あの日キースに色々と聞いたのだが、そもそも魔物の定義は体内に魔核があるかどうかで決まるらしい。
魔核というのは簡単に言うと魔力を凝縮した結晶で、魔物の血には濃く魔力が流れているようだ。
それ以外は少し気性が荒い普通の動物らしい。
ただ、強力なものになってくると口から炎を吹いたり、知能が驚くほど高かったりなど、特殊な能力を得たものもいるそうだ。
あと、キースは魔物の肉は食べてはいけないとも言っていた。
魔物には魔溜器という臓器があり、高い魔力をその体内に溜め込むことが出来るが、人間も亜人もそんな臓器は有していないので、魔物の肉を食べようものなら魔力の過剰摂取で全身の穴と言う穴から血を噴出して破裂するように死ぬそうだ。
キースはそんなおぞましいことを笑いながら教えてくれた。
「まずはどこに行きましょうか?」
「うーん・・・どこか重要そうな場所は無いですか?」
「・・・それなら、今は誰も使っていませんが廃鉱がありますよ」
ケルトゥが「敬語はやめてください」と困ったような笑顔を浮かべたあとに廃鉱を提案する。
「廃鉱か・・・なんで誰も使わなくなったんだ?」
急にタメ口を使うと、こっちがムズムズするがやめてくれと言われたので慣れるしかない。
「鉄が取れるんですけど、我々にはドワーフや人間ほどの鍛造技術は無く、武器を作っても時間はかかるわ、出来は酷いわで散々だったんですよ」
ドワーフなんていうのもいるのか。
「ドワーフに頼めないのか?」
「それは無理ですよ・・・ドワーフは戦争のときに中立を守っていましたから、それでドワーフが嫌いだと言う亜人も少なくないんです」
「そういうことか」
「あと、廃鉱になった理由はもう一つあるんですが・・・」
ケルトゥは浮かない顔で呟く。
「・・・理由って?」
俺もゴクリと唾を飲み込んでケルトゥに聞く。
「出るらしいんですよ、お化けが」
「お化け?」
「はい、なんでも採掘をしているとですね、どこからともなくシューという音が聞こえてですね、作業をしていた者たちが魂を抜かれたように倒れるらしいんです、運が悪いとそのまま意識が戻らず死んでしまうと・・・」
「えぇ・・・」
「でも、採掘をしていないときは現れないらしいですよ」
・・・。
あれ?それ幽霊じゃなくない?
「それってガスじゃないか?」
「がす・・・?」
「ああ、気体が何かはわからないけど、たぶんガスだと思う」
「きたい・・・がす・・・何のことやらさっぱり、さすがナナシ様は博識ですね」
おそらく一気に噴出したガスにより鉱山内がガスでいっぱいになり呼吸が出来なくなって気絶、最悪の場合死に至ったのだろう。
こちらの世界には空気が酸素や窒素で構成されているというのは知られていないのか。
「そのガス燃えるかな・・・燃えないなら窪地に流し込んで相手を窒息死させるか・・・いやでもまず空気より軽いかもしれないな・・・」
ケルトゥは俺がぶつぶつと言っているのを、不思議そうに見ている。
「・・・あ!そのがす?のせいかわかりませんけど山が吹っ飛んだことがありますよ、すごい音がして山が真っ赤に燃えていました」
「つまり、可燃性のガスか・・・大分危ないけど使えそうだ」
「難しい言葉を使うんですね」
「よし!案内してくれ」
「はい!」
その廃鉱と言うのは山の村を挟んだ反対側にあった。
中心は採石場になっており、広く平らな地面になっている。
その採石場の周りは崖に囲まれていて、その崖にポツンポツンといくつも穴があいている。
それが廃鉱だった。
「よし、じゃあ他には?」
「もういいんですか?」
「ああ、下手に触って死にたくないからね」
それから、ケルトゥに案内してもらったのは、神の台座、怒りの道、山の湖という場所だった。
神の台座と言うのはめちゃくちゃ広くて、低い山で、まるで何かで切ったかのようにスパッと平らになっている。
一見すれば草原のような場所で、俺が最初にいた神の山にも似ているが、その広さは尋常ではなかった。
村から見ると王都側に位置しており、道も平たんで進みやすいため、攻めて来るならここからだろう。
怒りの道と言うのは神の台座の間を真っ二つに引き裂く大きな渓谷である。
幅は広いところで8m、狭いところで5mほど、高さは20mほどもある。
山の湖と言うのはその名の通りで山から綺麗な水が流れ込んでくる湖で、動物達が水を飲みにくるため、獣人の狩場にもなっている。
「うん・・・まあ、相手側から攻めてくるなら、防衛しやすい地形ではあるよね、山だし」
別に俺は戦争に詳しいわけじゃないけど、それくらいのことはわかる。
日本の城なんかも攻められにくいように山に作るらしいし。
戦い方ならいくらでも思いつくが、まあ、そう上手くはいかないだろう。
相手が思い通りに動いてくれるわけではないし。
「まあ、いっか」と沈む夕日を見て、帰路に着く。