宴
「いえーい!」
「いいぞぉ~!」
「がっはっはっはっはっ!」
婚約の宴はおおいに盛り上がった。
高く井桁型に組んだキャンプファイヤーはパチパチという音を立て、白煙は儚くも闇夜の虚無にのまれて消える。
その日に照らされた舞台の上では、宴の際に着る伝統的な衣装を身に纏った男達が劇をしていた。
一人が仮面と草で出来た蓑を身につけ魔物の役をして、それを取り囲むように煌びやかな装飾品を身に纏った獣人の戦士が五人。
ストーリーとしてはこの世界に存在する魔物と言う化け物に村が襲われ、同じく襲われた村の中から一人ずつ選ばれた獣人の戦士の五人がそれを討伐しにいくというものらしい。
五人の名を、サルミド村のザキ、シ・ルドゥ村のメルカ、セリズス村のニホ、エキラド村のシシ、ドゥ・ルカルカ村のブドゥガ。
ザキは怠け者でずる賢く、盗みを働くこともよくあったらしい。
しかしその脚力はずば抜けており、ひょいひょいと飛び跳ねる動きなどで敵を翻弄したそうだ。
彼は村の中で嫌われていたが、村が襲われた際に妹をなくし「俺があいつを殺しに行く」と名乗り出たときの、いつもへらへらしている彼とは別人のような鬼気迫る表情は勇者のそれであったと言われている。
メルカは誠実で頭がよく、敵を観察し即座に分析するという特技を持っていたため戦闘ではおおいに活躍した。
彼の身体能力はさほど高くなくもともと村の中でも最弱と言われていたが、ある日狩りに出すと動物の動きを読み弓を放ったり、動物の思考を読んで罠を仕掛けたりとその才がいかんなく発揮された。
誠実で優しい人であったため、誰もが俯き顔をそらすなか「それならば」と自ら名乗り出て魔物討伐に参加したそうだ。
ニホは熊のような体躯をした男で、その体を全て覆うほどの盾をいつも持っていたそうだ。
見た目とは裏腹に心優しく気の弱い男であったが、村人たちも怖がって近寄らなかったため、その事実を知るものは数少なく、生涯において友も少なかったらしい。
酷い話ではあるが、半分厄介払いのように討伐に参加させられたらしいがニホはそんな村人達を恨むことなく笑顔で引き受けたという。
それだけでなく、瀕死の魔物がセリズス村に再度攻撃を仕掛けようとしたとき自らが盾となり全力でその突進を防いだ。
突進が止まると村は歓声に包まれニホに賞賛の言葉が浴びせられたが、ニホはその声を聞くことなく立ったまま絶命していたらしい。
シシは野蛮な性格で気に入らないことがあればすぐに暴力で解決するような男だったが、仲間思いで嫌われる人からはとことん嫌われ、好かれる人からはとことん好かれた男であったらしい。
エキラド村ではすでに選ばれた戦士がいたが、魔物に仲間を殺されていたシシは「俺が行く!」といって聞かず、なんと村人達の前で選ばれた戦士をボコボコにして「見たか!俺のほうが強い!」と豪快に笑って見せたそうだ。
しかし、魔物討伐に行く本当の理由は選ばれた戦士がシシの舎弟であり婚約を控えていたからだとも言われている。
ボコボコにされた戦士は気絶していたが、目を覚ますとボロボロと涙をこぼしながら天を仰ぎ「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度もお礼を言っていたらしい。
ドゥ・ルカルカ村のブドゥガは筋骨隆々でのっそりとしており滅多に喋らない奇妙な男だった。
その顔はいつも絶望したように暗く、目には光が宿っていない亡霊のような姿だったと言われている。
だが、戦いのときだけはまるで別人のようになりときには大笑いしながら戦っていたりもした。
その姿から今でもラティカ・ズ・フティカ、古いドゥ・ルカルカ村の言葉で狂った亡霊と呼ばれている。
彼は最期、両腕と左足を失ったが残った右足で凄まじい跳躍を見せ、魔物に噛み付いて仲間が止めを刺す隙を作ったらしい。
彼らのなかで生きて帰ったものはザキとシシ。
ザキはあらゆる宝を謙譲されたが全て自分の村の者たちに分け与えるだけでなく自分のもつ富の全てを分け与え、唯一つ妹の髪飾りだけを握り締めて「虚しい」と最期の言葉を残し妹の墓の前で自害した。
シシは村に帰ると財宝をボコボコにした戦士に与え三年ほど戦士の育成に努めた後、旅に出た。
その後の記録は残されていない。
獣人の中では定番の御伽話のようなものであり、俺たちで言う桃太郎や浦島太郎のようなものなのだろう。
炎に照らされた舞台の上で起こる劇はおおいに盛り上がり魔物が倒されるところでは皆が立ち上がり「行けぇーーー!」と叫んだりする。
期待にこたえるように音楽は一気に盛り上がり「ぐえぇぇえええええ!」と仮面をつけた男は奇声を上げて夜の闇へと消えていった。
「おもしろかった~」
「うむ、久しぶりに見たがいつ見てもいいもんじゃのう」
皆が独特の緊張感から解放され一斉に喋りだし、広場は騒がしくなる。
劇が終わると次はお待ちかねのお食事タイムだ。
ミーシャのご飯はいつも恐ろしくおいしい。
ミーシャが料理が上手いのか、それともこの村の食文化は素晴らしいのか。
まあ、ミーシャも料理を手伝っていたのではずれはないだろう。
運ばれてきた料理からは湯気が上がっている。
いつもより具沢山のスープ、兎の丸焼き、これでもかと積まれた山盛りのパンなど・・・。
うまい、これはうまい。
まだ食べていないが、すでにうまい。
「ナナシ、一緒に食べよう」
アニがひょいひょいっと俺の横に来てちょこんと座る。
「ああ」
俺も別に問題はないので頷く。
どれから食べようか真剣な表情で見つめる。
スープが炎の光を反射してちゃぷちゃぷと俺を誘惑する。
かと思えば肉の香辛料の香りが俺の鼻をくすぐる。
パンの香ばしい香りもまた食欲をそそられ、捨てがたい。
別にどれから言ってもいいだろうと思うかもしれないが、一口目が一番おいしいのだ。
・・・よし!がっつり肉で行こう!
「ナナシ、あ~んしてあげようか」
「ふぁっ!何を言ってるんだ!というかあ~んの文化こっちにもあんの?」
「何言ってんの?いいから、ほら・・・あ~ん」
アニがスプーンを口に運んでくる。
そこにはスープが・・・。
いや、ダメだ俺は肉って決めた・・・浮気は出来ない。
「食べないの?」
「くっ・・・」
アニがまるでわかっているかのようにニヤニヤと笑っている。
おい・・・よせ・・・俺の口・・・開くんじゃない!
ああ、ダメだダメだ、俺には心に決めた人が・・・。
俺の意思に反して口は開いていく。
アニはゆっくりと俺の口の中にスプーンを入れていき・・・。
「あむ」
く・・・負けた。
野菜の優しい甘みと肉の濃厚な脂が口に広がっていく。
いつもよりも味が深く、肉もおいしい。
今日のは村長の家のものとは少し味が違う。
具材が豪華なのもあると思うが、調味料も若干違うような・・・。
「私このスプーンさっき使ったから間接キスだね、あ・な・た」
「ぶふっ!」
俺の一口目がぁ・・・!!
浮気したバツなんだね、ごめんよマイスウィートお肉。
「あははははははは!」
アニはいつも通り楽しそうに腹を抱えて笑っている。
「ちょ、ちょっとナナシさん、破廉恥ですよ!」
「俺!?」
「あれぇ~?もしかして・・・ミーシャちゃん・・・あれれぇ?」
アニが俺の後ろから顔だけ出してニヤニヤとミーシャの顔を見る。
イタズラマシーンのターゲットが俺からミーシャに変わったようだ。
「ちょ、なんですかその目は!私は破廉恥だから注意しただけでそんな他意なんて・・・!」
「ふぅん、ミーシャちゃんがねぇ・・・ぜんぜんそんな風に見えなかったけど、いつから?」
「い、いつからって何がですか!」
「ふぅ」
「ひゃう!ちょ、耳に息を吹きかけ・・・ひゃう!やめ・・・あ、だめ」
俺は楽しそうな二人を横目に肉にかぶりつく。
兎の肉は臭いというのを聞いたことがあるが、少し強めに聞かせた香辛料のおかげかそんなことは一切感じない。
鶏肉に似ていてさっぱりとしていた。
淡白な味で、結構噛み応えがある。
「うんまぁ~」
「はっはっはっ、ナナシ様、こちらもおいしいですぞ」
キースが「どうぞ」と大皿から皿に取り分けてくれる。
俺は「ありがとうございます」とお礼を言ってそれを受け取る。
皿には煮込み料理のようなものが入っていた。
大きめに切った野菜やお肉がゴロゴロ入っている。
スプーンで肉をとり口に運ぶ。
「!?」
じっくり煮込まれた肉は口の中でほろほろと解け、口いっぱいに旨みを広がらせる。
本当にうまい。
歯が入らないとはまさにこのこと。
「肉がとろけるでしょう?」
「はい、とってもおいしいです」
「はっはっはっ、年寄りには優しい料理です」
なるほど、年をとると歯が弱くなってくるからか。
のわりには結構ステーキを食べてたような・・・ま、いっか。
「さあ、次はスープを・・・ってあれ?」
ない。
俺のスープが皿ごとない。
「あ、あの・・・」
ミーシャが俺の肩を叩きながら呼んでくる。
俺がミーシャのほうを見ると俺のスープと思われる皿を持ったミーシャがいた。
さんざんアニにやられたのだろう、息が荒く顔は真っ赤だ。
「大丈夫ですか?」
「はい、その・・・」
ミーシャは何かを言いたそうにもじもじしている。
「どうしました?」
「あ・・・」
「あ?」
「・・・あ~ん」
なん・・・だと・・・!?
ミーシャが俺にあ~ん。
きっとアニに無理やりやらされているんだろう。
なんて酷いやつだ・・・ぐっじょぶ。
「あ・・・あむ」
ひぃ、顔が熱い。
ミーシャも顔がまっかっかだ。
「か、かかか・・・間接キスですね・・・」
くっ、鼻血が・・・なんて破壊力だ。
キースが「ミーシャもついに恋をする年に・・・相手がナナシ様なら何も言わん・・・くぅ」と泣いているが気にしないでおこう。
「二人とも顔真っ赤だよ~」
今までどこにいたのか、アニがひょっこり現れる。
アニはいつも急に現れる。
不思議なヤツだ。
「いや、これは、その!」
「いや、だから、あの!」
「あはははははははは!二人とも似てる~!」
「「くぅ・・・」」
夜の山に村人たちの笑い声が響いた。