宴の準備
「ナナシ様!」
「ナナシ様ぁ~!」
外が騒がしい。
俺の名前を呼ぶ村人が村長の家の前にあふれ返っているようだ。
しかし、なぜ?
コンコン。
「ナナシさん、入ってもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
ノックの音を響かせたドアの向こう側からミーシャの声がする。
ミーシャにまでナナシという名が浸透しているようだ。
「ナナシさんのことを呼んでいる村人達が集まっているのですが・・・」
「みたいですね・・・」
ミーシャが困ったような顔で言う。
本当に申し訳ない。
下に行くとキースが「皆のもの落ち着かぬか!」と何度も叫んでいるが、扉の前で俺の名前を呼ぶ村人達の声に掻き消されあまり効果はなかった。
「あの・・・」
「おお、旅の方、これは一体?」
「すいません、俺にも何が何だか」
俺がキースに謝っていると、俺の姿を見つけた村人達がその場に跪いた。
ザッという美しいまでの動きで全員が同時に跪くのと同時に声もやむ。
「えぇっと・・・」
苦笑いで頭をかく。
何が起きているのか全くわからない。
「ナナシ様!私と結婚してくださいませ!」
「ナナシ様!!私とも!」
村人達から次々と声が飛ぶ。
そして、犯人がわかった。
この騒動の犯人はアニだ。
いろいろあってアニと結婚することになったのだが、それを言いふらしたのだろう。
頭を抱えてうなる。
「説明してもらえますかな?」
キースが俺の顔を覗きこみながら言う。
一度話し合うと言って扉を閉め、村人達には家の前で待機してもらう。
俺と村長は椅子に座り、事の次第を説明する。
「なるほど・・・」
「勝手にすいません」
「なんと素晴らしいお方なのか・・・」
「へ?」
怒られると思っていたが、キースはその目に涙を浮かべて感謝の言葉を口にした。
そのキースの予想外の反応に俺はマヌケな声を漏らす。
「確かに毎年、王都の兵士達が何人かの村娘に王都に来るようにという旨を伝えにきます・・・それにより村人も減る一方で・・・しかし、あなた様が入れば、王都の兵士に胸を張ってお帰りくださいと言えます・・・本当にありがとうございます」
キースが拝む勢いで俺の手を掴んで「ありがとうございます」と何度も繰り返す。
しかし、ここで一つ俺の中に疑問が生まれる。
「一夫多妻というのは認められるんですか?」
「え?いや、はい、よりよい子孫を残すため一夫多妻というのはよくあることです」
「そうなんですね」
どうやら認められるようだ。
ならば、形式上だけこの村の村人達と結婚しよう。
村長とともに扉を開ける。
「村長、ナナシ様・・・どうなりましたか?」
「うむ、私からもお願いしたところ快く受け入れてくださるだけでなく、結婚はあくまで形式上と言うことで、ナナシ様と結婚している場合でも獣人同士で恋愛をすることを許可してくださった!」
「「「おおおおお~~!!」」」
「今日はみなの婚約の儀を行うが、さすがに一人一人は出来ぬため、まとめて婚約の宴として開くぞ!」
「「「おおおおお~~!!」」」
広場全体に歓声が響き渡る。
村長の指示を受けて皆が宴の準備に取り掛かった。
男は外に狩りをしにいき、女、子どもは村の中で装飾の飾りつけなどをする。
倉庫にしまってある楽器を取り出してきたり、花嫁衣裳を取り出してきたり、料理を作ったりと、皆やっていることはバラバラではあるが、その表情は一様に笑顔だった。
「おお・・・おお・・・懐かしい、まるで昔に戻ったようじゃ・・・」
村の様子を眺める村長はボロボロと涙をこぼしながら、しわがれた声を震わせて言った。
「あなたは神の山からいらしたそうですな・・・あなたは神の使者なのですか?」
「はい?いや、人ですね」
「はは、そうですか・・・しかし、本当に神の成せる業のようじゃ、この村に来てわずか三日で生きた屍に成り果てた我が村人達を、ここまで・・・」
村人達は笑顔で作業をしている。
目の前にあった大きな問題から解放されたことで浮かれているのだろう。
しかし、俺にはまだ一つ心配事があった。
それは、こんなことをして王都とやらに目をつけられないかだ。
王や貴族と言うのがどういう人かは知らないが、聞いているだけでは性根が腐りきっているようだ。
ならば、なんらかの因縁をつけてきてもおかしくない。
「ネガティブ・・・か」
アニの言葉を思い出して、俺はふっと笑う。
そして、難しいことを考えるのはやめて、村人達の準備を手伝うことにした。
「ナナシのお兄ちゃん」
「あ、アニ、お前」
準備を始めるとどこからとも無くアニが出てきた。
俺はアニのことをジト目で見つめる。
「あ、あはは・・・まあ、結局たくさんの美女と結婚できるわけだし、いいじゃないいいじゃない」
「愛のない結婚だけどな」
「そんなことないよ・・・」
アニは「ふっふっふっ」と不敵な笑みを浮かべて俺のほうに近づいてくる。
そして、口を耳元に近づける。
「私はナナシのこと好きだよ」
「なっ、ばっ、バカ!」
「あー、ナナシ様まっかっかー!」
「ほんとだー!アニお姉ちゃんになんか言われたんだー!」
「こんのっ!」
「ナナシ様が来るぞ~!」
「にっげろ~!!」
準備を手伝っていた子ども達にまでからかわれる。
子どもを追いかける俺を見て村人達にも笑われている。
アニはそれを見てさらに大笑いしている・・・策士だ。
そんなこんなで準備も進み、夕焼けで山が真っ赤に染まる頃に男達も帰ってきた。
彼らが担いでいる動物は、一角のようなドリル状の角が一本額から生えている鹿のような生き物や、背中の一部分だけ固い毛が密集してまるで装甲のようになっている兎のような生き物など、どれも見たことが無い奇妙な見た目のものだった。
「おう、あんちゃんか、うちの村の救世主は」
「俺がこの村に連れてきたんだ」
「おいおい、まるでお前一人で連れてきたみたいな言い方するなよ」
最初に口を開いた鹿を背負っている男は、明らかに一人だけ風貌が違う。
欠けた耳、傷だらけの体、他の獣人も十分いい体格だと言うのに、この男はそれより一回りも二回りも大きい。
その筋骨隆々の体に痛々しい傷のあとが無数についているのがボロ布の服の隙間から見えていた。
「俺の名前はガッツだ、ガッツのある男になれって親父がつけてくれたんだ、いかすだろ?」
「はは、そうですね」
マッスルポーズで自己紹介をするガッツに、俺はジャパニーズ愛想笑いで対抗する。
見た目はなかなかに怖いが悪い人ではなさそうだ。
「んじゃ、俺たちはまだ準備があるからよ!」
ガッツはそういって歩き出すが「あ、そうだ」とすぐに止まって振り返る。
「あんちゃん、ナナシだっけか?・・・ありがとな!」
ガッツはそういうと豪快に「ガハハハハハ!」と笑いながら村の広場へと歩いていった。