寝ずの行軍
「眠くはないかクリスティーナ。つらいならおぶってやるが」
「眠くはないので大丈夫! 騎士時代に行軍訓練は受けてたからね」
「騎士をやっていたのか。もしかして親も騎士か、貴族なのか」
「ううん、普通の人。私は実力で成り上がった! まぁ、短い間だったけどね。――あいたた、それよりも裸足がつらいです……」
森から街道を目指すジーノとクリスティーナ。
クリスティーナの過去を垣間見つつ、彼女は裸足の現状をなげいていた。
「これを使え。俺が履いたあとで悪いが」
ジーノは自分の靴を脱ぐと、両腕にオーラを出現させる。そして、底の破れていた部分を修復し、彼女の足にリサイズした靴を手渡した。
「ほぇ~すごいなぁ。この剣もさっきまでは弓だったに、作れないものなんてないんじゃ」
「そんなことはない。見てわかる程度に単純なつくりの物なら作れても、複雑な物はレシピを知らないと作れないし、素材だってきっちりもっていかれる。それに、デザインセンスも要求されるような――衣類とか装備品なんかの作製は、とても苦手だ」
「シンプルなものなら問題ないがな」と、クラフトしたばかりの靴や、クリスティーナが腰にさげている木の剣についてつけ足す。
ジーノの腰にも、いつの間にかベルト状のポーチがある。
そのポーチに、唯一の荷物である、ヴァンパイアの灰が入った小瓶を収納していた。
クリスティーナは靴を受け取ると、ありがたく履いていた。
「ふむふむ……って、あれ? ご主人さま、自分の靴は作らないの?」
「俺は裸足でいい。こっちの方が慣れている」
「な、なんかスミマセン」と、奪ってしまったかのように感じたクリスティーナは謝るが、ジーノは「気にするな」と言うのだった。
森を抜けてからしばらく歩き、まずは街道に出る二人。
地図を持ってはいないが、コルトン村はクリスティーナの両親が住む村であり、すなわち彼女の出身地でもあるということ。ここから先の道は、彼女が知っていた。
ふと、ジーノは堂々前を行くクリスティーナの肩を掴んだ。
「ごごご、ご主人しゃまっ!? こ、こんな街道の真ん中で、なんてえっちなことをっ!」
「肩を掴んだだけだろう。君はどうも、その手の話に過敏というか、耐性がないな」
「その手の話レベルでもないけども」と、ジーノは彼女の肩から手を離す。
「クリスティーナ、君の親は普通の人と言ったな? なら、今の君の身分も知らないはず。――その肩の焼き印は消してやる」
「今だけな」と付け足すジーノは、技術で木の葉や土を混ぜて、彼女の白い肌に似せた粘土を作る。それで、しばらくの間覆い隠すつもりだった。
食前にもクリスティーナは語っていた。元は平民だったと。
そしてその両親も平民というのなら、今のクリスティーナが奴隷と知らない可能性が高い。
「ううん、大丈夫だご主人さま! この肩の焼き印は、ずっと消さなくていい」
「いいのか?」
言葉みじかに、クリスティーナに確認を取る。
クリスティーナは一つ首肯する。
「私はなにも悪いことはしていない。普通の人と同じように、普通に生きていただけだ」
そして、「奴隷に落ちた理由こそ不名誉だったけど」と前置きした後――
自信に満ちた表情で、こう答えた。
「これは、私の名誉の証なんだ。だから――消さなくていい」
ちょうどそのとき、昇ってきた朝日が彼女と重なる。
茜の太陽に照らされる彼女の表情は、その太陽よりも、輝いて見えるのだった。
「そうか。そのこだわりはよく分からんが、君がいいというのなら、余計なことはしないよ」
ジーノはオーラを解いて、拾った素材を元の場所に還す。
「ただ、君が奴隷に落とされた理由だけは、俺にも分かる。その〝血〟が原因なんだろうな」
「まぁね。でもその〝血〟こそが、私の名誉なんだ。――さ、ご主人さま、村はこっちだよ!」
案内するクリスティーナのあとを追うジーノ。
やがて村が見えてくると――
その村の入り口の手前で、わたわたしている一人の神官少女に出会うのだった。