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お互いの事情

 技術(スキル)あれこれの話を終えた二人は、最後のスープを飲み干した。

 ジーノは、技術(スキル)で作ったであろうガラスの瓶――その中にあるヴァンパイアの灰を見て、うっとりとしていた。


「ご主人さまは、そんなにヴァンパイアの灰がほしかったの?」

「ああいや、ヴァンパイアの灰だけが特別ほしかったわけじゃない。俺は、素材とか、道具(アイテム)とかに目がないだけなんだ」


 ジーノはたき火の炎に照らされるクリスティーナに目を向ける。

 後ろに見える月よりも、幻想的な美しさに見えた。


「そうなんだ。……それなら、そんな素材を出会ったばかりの私なんかに使ってよかったの? ヴァンパイアの灰って、稀少な素材……なんだよね?」

「稀少だな。まさかこんな近場の森で採れるとは思わなかった」

「なら、どうして――」


 稀少な素材を惜しみなく使ったジーノ。

 彼はいつもの無表情でこう答えた。


「必要とする人間がいるなら、惜しみはしない。なにかおかしいか?」


 口で言うことは簡単だ。そんな人間はごまんといる。

 だが、それを実際に行える人間となると――いったいどれだけ残ろうか。

 

 素晴らしい姿勢に、クリスティーナの口元がゆるむ。


「ご主人さま……! さすがだ――」

「それに、素材の効能や、道具の効果が知れるチャンスだったからな。使わない手はないだろ」

「あ、こっちが本音のやつだこれ」


 ジーノの本音が垣間見えて、クリスティーナはツッコむのだった。


「それにしても信じられない、こんな強くてすごい人が、今無職だなんて」

「そうか? 親方にはボコボコにダメだしされた挙げ句、クビにされたんだが。――ま、いろいろ事情があるのは、お互いさまってことだな」


 たき火に枝をくべるジーノは、あくまで自分の力を謙遜し、過信しなかった。

 無自覚なだけかもしれないが。


 これから眠りにつくというそのとき。

 ジーノは、唐突にたき火の薪を崩し、火を消した。


「あれ、火を消して……ななな、なにするつもりですかご主人しゃまっ! ま、ましゃか、えっちなことするつもりじゃぁ――」

「出発だ。今からコルトン村に行く」


 なにか勘違いしたクリスティーナは、顔を赤らめていた。

 だがその村の名前を聞いたとき、彼女の顔色はゆっくりと元に戻る。

 

「ご主人さま――増援のヴァンパイアが言っていたこと、聞いていたんだね」

「最初のヴァンパイアが死ぬとき、真祖が来るなんて言っていたそうじゃないか。またなにか耳寄りな素材情報を口にするかもと、耳をそばだてていた。そしたら、襲ったことがあるようなことを言いだしたからな」


 真祖を素材扱いするジーノは、続けてこういう。


「君にとって、思い入れのある村な気がした」


 クリスティーナが二体のヴァンパイアと戦っていたとき、彼女は村の名前を繰り返していた。素材バカのジーノだったが、なにかあると思っていたのだった。


「私の……両親が住んでいる村です」

「そうか。じゃあ行くぞ」

「で、でもご主人さま!」


「眠いというならおぶってやるぞ」と、ジーノは背を向けて中腰になる。「そうじゃなくて!」と、クリスティーナは否定する。そして、困惑の表情でこう続けた。


「ご主人さまにだって行きたい場所とか、予定とかあるんじゃないの!? 私の両親がいるからって、なにか見返りがあるわけでもない、小さな村に……」


 ジーノは中腰をやめて振り返り、断言する。


「ない。忘れたのか? ――俺は、無職の錬金術師だ」


 それを聞いたクリスティーナの顔が、徐々に笑顔へと変わるのだった。


「まぁ、完全にないわけでもないんだけどな。野宿すれば金にも困らない。森も海も火山も行った。ただ一つ行ったことがない、『境海』でも目指そうかと思ったが――まずは、ヴァンパイアの灰集め……じゃなくて、退治だ」

「もうご主人さまっ! 本音もれてるよ!」


「後学のために人との関わり合いも持たないとな」と、ジーノはつけ足す。

 クリスティーナはツッコんだあと、「それにしても」と続ける。


「『境海』を目指すって? ご主人さまそれ、自殺するって意味と同じだけど……『境海』がどんなところか、知ってるよね?」

「もちろん知っている。超巨大な海門から先の、人類未踏の世界――だろ?」


 境海。

 それは海の果て――さらにその先にある、未知の世界のことである。


「夢見て渡った冒険者は一人として帰ってこない、神か悪魔の住む世界。海を隔てる開きっぱなしの『境海門』からは、うっすらと未知の大陸が見えると聞く」

「うん。私も実際見たわけじゃないけど、そもそもその超巨大な『境海門』が、神さまの造ったモノだなんて言われてるからね。海門も山のように大っきいけど、それを支える防壁は、海をほぼ一周するなんて聞いたし、とんでもないものなんだって」


 世界は広く、各地を放浪していたジーノですらも、訪れたことのない場所がある。

 その一つが、この境海だった。


「誰も生きて帰った者はいないんだよ。帰るときも境海門をくぐればいいだけなのに。全員が全員遭難したって考えるのは無理があるから――たぶん、未知のモンスターとかにやられて」


 クリスティーナは真面目な顔で考察する。

 ジーノはそんな彼女に、こう言った。 


「未知の世界に、大陸。――どんな素材や道具(アイテム)が眠っているか分からないなんて、錬金術師にとって夢の世界だろ」


 素材の話となると嬉しそうにするのが、このジーノという男なのだ。

 そんな彼を見て、クリスティーナも己の野望を重ねた。


「人類未踏の世界、かぁ……。いいね、そこを踏破できれば、最高の『名誉』になる」

「こだわるな、名誉に」


 ジーノの疑問に、クリスティーナはこう返した。


「世界中の名誉を手に入れることが、私の夢だから! ――もちろん、生きている間にね!」


 真夜中を迎える森。

 二人は、クリスティーナの両親が住むという、コルトン村を目指す。



『境海』という単語が出てきました。

世界観の一つなのですが、現段階での解説はかなり軽めにしています。

ヴァンパイアの話とごちゃごちゃになるかなと思いまして……


ヴァンパイアの話が落ちついたころに、また詳しく話が出てきます。

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