無職の錬金術師VS月夜のヴァンパイア ②
主人公の能力説明回なので長くなってしまいました。
普段の戦闘はもっとさらっとすると思います。
そのオーラは炎のようで、炎ではなかった。
隣り合う木をや葉を燃やすような熱はなく。
炎の見かけで揺らめいているだけ。
色は無色。
何者にも染まってはいないが、確かにそこにはある色。
――驚異を感じさせる技術ではなかった。
「なるほど、乞食のくせして魔法使いであったか。しかし、その程度の魔法で私を滅ぼす自信を持つとはな。そんな常識で、よく今まで生きてこられたものだ」
「俺は『無職』で『錬金術師』だ。『乞食』でも『魔法使い』でもない。二回目だぞ」
「す、すごくどうでもいい……いやそれよりも! 乞食――いや無職の人! そこに私が持ち出した短剣が落ちている、銀製じゃないけど、何も持たないよりかはマシなはず!」
奴隷の女が手かせで繋がれた両の腕を必死に伸ばして、ジーノに伝える。
ジーノは足元に鉄の短剣が落ちていることに気づいて、それを拾い上げた。
「無駄だ。死ね」
――音もなく、ヴァンパイアはジーノに肉迫していた。
背中まで貫通する勢いで、異様な長さの爪をジーノの腹に突き立てる。
「いや、死なん」
「な、何っ!?」
ジーノは防いでいた。
腕にオーラを宿したまま短剣を振るい、爪をそらすようにして避けたのである。
「手を抜きすぎたか。だが、これは防げまい――技術・荒れ狂う爪!」
ヴァンパイアの長い爪が襲いかかる。今度は先ほどとは違い、両の腕を振り回しての連続攻撃。突きではなく、何度も斬りかかる技術だ。
「ほいほいほいほい――あいてっ、指切った」
拾った短剣を駆使して、襲いかかる爪を全て弾くジーノ。
しかし最後の一撃をかわしきれなかったのか、短剣を持つ逆の手から出血していた。
「下等な人間が我が技術をあそこまで見切ったのは褒めてやろう。だが、さばききれなかったようだな、血が滴りおちているぞ。……見た目に反して、血は旨そうだ」
「すごい出血……! くっ、無職の人、どうにかして短剣を私に――」
「違う違う、自分の短剣で切ったんだ」
手元が狂ったにしては、派手な出血だった。
「下手な言い訳を」と、ヴァンパイアは嘲笑したが、その言葉はすぐに驚愕のものに変わる。
ジーノは表情一つ動かさずに、そばに生えていた葉をむしり取り、足元に生えていたキノコを引っこ抜いた。
そして――
「技術・薬品作製」
「あ、あれだけの出血を……一瞬で完治させただと!?」
「て、手品みたい……!」
それらを持った片手を傷口にかざしただけ。
それだけで出血はおさまり、傷はキレイさっぱり消えていた。
「俺は錬金術師だ。武器を使った戦いには向いていない。だから、いつものやり方でいく。――技術・道具作製」
葉やキノコはどこかへ消え、手にしていた短剣が――いつの間にか、一本の杭に変化していた。
「金属の杭!? どうやって用意した……まさか、貴様の魔法で!」
「錬金術師はアイテムを作る際、レシピや素材の他に、大抵はツールも必要になる。机、金床、かまどや鍋。術者によってそれは異なるが――採取活動ばかりだった俺には、どこにでも持ち運べるものが必要だった」
両腕のオーラは、無色のまま、揺らめく。
「だから、自分の両腕を作業台に見立て、作製できるよう訓練した。それが俺の錬金技術だ。――あと、魔法じゃなくて、技術な」
バルフォアが奇妙な技と吐き捨てたジーノの錬金技術。
それは、採取地でなんでも作製できるようにと導き出した、ジーノの最適解だった。
「どちらでも同じこと。例え金属の杭を持とうとも、貴様が私の心臓を貫くことなど――」
「逃がさん」
警戒したヴァンパイアだったが、次の瞬間には距離を詰められていた。「ぬおっ!?」と、驚愕の声をあげるが、杭が容赦なく胸に突き刺さった。
「速いっ! 最上位の冒険者でも苦労するような魔物に、先手を取った!?」
奴隷の女はジーノの身のこなしに驚愕する。
だが、ヴァンパイアはまだ健在だった。
「お、おのれ人間が……! この屈辱は我が最高の技で返す! 技術・暴風の爪!」
ヴァンパイアの爪が猛り狂う。
木の枝だけでなく、幹すらも、簡単に切り倒していく。
最上位冒険者でも手を焼くとされる高位の魔物、その最高の技術。
もはやその技術は、天災の域に達していた。
だというのに、その中心にいる小汚いおっさんは――
「よっ、ほっ、とと。ふぅむ、ヴァンパイアは不死身とも聞くし、もうひと押し必要か。スマンな、俺の知識不足で、無駄に苦しませてしまって」
「ば、馬鹿なぁぁぁぁっ! なぜ当たらぬ!?」
実に涼しい顔をしながら、軽い身のこなしで全てを回避していた。
「杭がダメなら、次はこれだな。あ、その前にちょっと杭返してくれ」
「ぐぅおぁっ!! き、貴様、暴風の爪中の私から、杭を引き抜くだと!?」
攻撃の隙などまるでないように見えたというのに、ジーノは腕を伸ばして、技術発動中だったヴァンパイアの胸から、刺さっていた杭を引き抜いた。
そして、木から木へと飛び移りつつ、素早い身のこなしで距離を取った。
「お、お猿さんみたいだ……」と、驚嘆の声を漏らしたのは、金髪の女奴隷。
続いて女奴隷は、素直な疑問を口にした。
「どうして……どうして無職の人はそんなに強いんだ!?」
「俺が強い? 俺が強いかどうかは――俺には分からない、世間知らず常識知らずなんて言われたしな。だが、今の動きは猿を参考にしてる。木の上なら、大抵は安全に過ごせる」
女奴隷が倒れる近くの木――その枝の上にてしゃがみ、答える。
「もちろん、それ以外にも参考にしている生き物は多い。採取地は森だけとはかぎらなかったからな。死の火山の火口や大海の渦潮にも泳いで行って、その度に死にかけては、生き残る術を学んだ。魔物だけでなく、天災にも度々遭った。まぁ……『境海』には、まだ行ったことはないが」
「俺が強い理由があるとしたら」と続けたジーノは、こう締めくくる。
「三〇年間の休まらぬ採取活動、そのおかげかもな」
ジーノは思いふけるように「なんせ採取地の魔物は、俺が寝てようがなにしてようが、構わず襲ってきたし」とも補足する。
女奴隷はそれを聞いて、こう返す。
「錬金術師って、思ってるよりも野生児なんだなぁ……」
――もちろん、そんなワイルドな錬金術師なんてそうそういない。
ジーノはバルフォアの元で働いてからの三〇年間、そのほとんどを採取地で過ごした。
食事中――
睡眠中――
排便中――
外敵は、構わず攻撃を仕掛けてきた。
命は常に狙われていた。
その度に戦っては、命からがら生き延びた。
何度も何度も戦いを繰り返し、生き残り続けた。
そうしたら、自然と強くなっていった。
最上位冒険者も顔負けの、無名で無類の錬金術師が誕生してしまったのである。
「……なにを呑気に話込んでいる! まだ戦いは終わっては――」
「そうだな、苦しませるのはよくないことだ、早く終わらせよう。技術・道具作製」
ヴァンパイアが怒る。それに呼応するように、ジーノの腕のオーラが強く揺らめく。
手にしていた鉄の杭が形を変えて、十字架に生まれ変わった。
「お次は聖属性の十字架か! ククク、だがその程度の粗製乱造品で我が動きを封じることは不可能! 大天使の加護でも得ていなければ、月夜のヴァンパイアには通用しな――ぐ、ギギ!? か、体が!?」
「ヴァンパイアの動きが止まった!? まさか、その十字架には大天使の加護が……で、でも、元はただの短剣で――」
「その通り、大天使の加護なんて、そんなたいそうなモノじゃない。――ただ、太陽のエッセンスを素材に組み入れた、俺の独自製品だ」
ヴァンパイアが苦痛に悶えながら叫ぶ。
「太陽のエッセンス……!? な、なんだそれは! そんなもの、私は聞いたことがないぞ! 貴様、私の動揺を誘おうとウソを!」
「本当だ。太陽のエッセンスは、さっきのキノコとか葉っぱ、お前が斬り倒した植物類などが、日中に浴びた力のこと。まぁ、ただの日差しのことだ。――なんだ、そんなことも知らないのか。常識だぞ」
バルフォアと、このヴァンパイアにも常識知らずと罵られた。
だが、ジーノは決して愚かではない。
錬金術・素材・サバイバル術と、得てきた知識が非常に偏っているだけなのである。
「戯れ言を! ――その十字架は我が一族にとって危険極まりない道具。それを意図も簡単に作られるとなっては……確実にこの世から消し去るために、同族の手を借りねばなるまい!」
ヴァンパイアはこの時、生まれて初めての感覚を覚えていた。
滅びの危機感だ。
「ぐ……おおおおっ!!」と、ヴァンパイアは唸り声をあげ、渾身の力で十字架の束縛から抜け出した。
そして、ジーノが持つ十字架の脅威を同族に伝えるためか、こうもりの翼を体から生やすと、夜空へと飛び立つ。
プライドの高いヴァンパイアが、恥も外聞も捨て、この危機を伝えるために逃げ出すつもりなのだ。
「フハハハハっ! 貴様ら下等生物は空を飛ぶことはできぬ! この場は貴様に持たせるが、その厄介な技術が広まる前に、すぐに仲間と共に貴様を殺しに戻ろう! 貴様と十字架は、必ず我ら一族が破壊する!」
「くっ、ヴァンパイアは恨み深い魔物、ここで逃がすのはまずいよっ! さすがの無職の人でも、空を飛ぶことは――」
「空は飛べない」
ジーノは諦めたかのように、枝から地面に降りたつ。
「だが、足場なら作れる」
「何を――」と、女奴隷は振り向いた。
その時にはもう、ジーノは地面に片手をつけていた。
「技術・整地」
瞬間、なだらかだった地面が急速な勢いで盛り上がっていく。
月に向かうかのように、極端に幅のせまい山ができあがっていく。
「つ、月にぶつかるよぉぉぉ!?」
「さすがにそこまでは届かない。だが――ヤツには届く」
生き物の角のように反り返った形の山の頂上には、ジーノだけが乗っていた。
山の麓からの奴隷の声に、きっちりとジーノは返答する。
「影……!?」と、空を飛ぶ自分に、背後からなにかが迫っていることを、ヴァンパイアは感じた。
振り向いて、驚愕の声をあげた。
「な――にィィィィィっ!?」
「貴重なヴァンパイアの灰を逃すわけにはいかないんだ。諦めてくれ」
はるか上空を飛んでいたはずのヴァンパイア。
そのすぐ隣まで、ジーノは迫っていたのだから。
月は、細い山で覆い隠される。
大量の土砂を素材に、天高くまで整地したジーノが飛ぶ。
片手を地面から離す際、土から白い実をいくつか引き抜いていた。
「ニンニクなら、さすがに動きを止めるんじゃないか」
「よ、よせ、私はニンニクが嫌――んぐむががが!」
飛んでいるヴァンパイアに覆い被さるようにして飛びつくと、引き抜いた白い実――ニンニクを、強引に口に突っ込んだ。
「ふむ、嫌いなだけか。最後の晩餐がそんなだなんて、ついてなかったな。技術・道具作製」
十字架を金属の杭に変える。
そして――
「独自製品――『太陽の鉄杭』」
ヴァンパイアの心臓に、杭を深く突き立てるのだった。
不死身のヴァンパイアも、今度ばかりは耐えることができない。
「勝負あったな。今度はただの杭じゃない、太陽のエッセンスのおまけつきだ」
「ぐがぁっ! お、おのれ、ヴァンパイアであるこの私が、人間ごときにぃぃぃ!」
かなりの高度から落下し、両者は大きな音を立てて地面に激突した。
ヴァンパイアは両腕を広げて仰向けに倒れていたが――これも過酷な採取活動の賜物か、ジーノはなんらダメージを負っていなかった。
「フ、フフ……人間、貴様は大きな罪を犯した……高貴なるヴァンパイアを手にかけたということは、我が一族を敵にまわしたということ……!!」
恨み言をつぶやくヴァンパイア。その体に異変が起きる。
体の末端のほうから、灰になっていく。
「必ず父が――『真祖』が、同族と共に復讐を遂げに現れる!」
「ふおおおっ! ヴァンパイアの灰だああああっ! 回収急げーっ!」
なにか重要なことを言っている、今際の際のヴァンパイアだったが、ジーノの耳には届いていなかった。ぎこちない笑顔を作った今の彼は、腕のオーラも消して、ヴァンパイアの灰を回収することしか頭になかったからだ。
「そうやって浮かれているのも今のうちよ……フフ、フハハハハハっ!」
「ん? なにか言ったか?」
大きな笑い声でようやく気づくジーノだったが、聞き返すことはもうできない。
海風に吹かれる砂粒のように、ヴァンパイアの体は、完全な灰と化してしまっていたからだった。
「終わったみたいだね。……えーと」
灰を集めていたジーノに声をかけたのは、金髪の女奴隷だ。
月の夜空に照らされたその顔は、成人女性よりも幼いもの。
まだ一〇代半ばか、すぎた辺りといったところだろうか。
「ジーノだ。そっちは? 見たところ奴隷みたいだが」
「私はクリスティーナ。それより――く、うぅっ!」
クリスティーナと名乗った女奴隷は、うめき声をあげながら膝をついた。
ジーノが素早く支える。
「あのヴァンパイアに噛まれていたな」
ジーノが見かけたとき、彼女は首筋を噛まれ、血を吸われているちょうどその時だった。その傷が痛むのだろう。
「いいよ、分かってるから。――ヴァンパイアに噛まれたんだ、私もそのうちヴァンパイアになる。だから、お願い」
手かせのせいで傷口を押さえることもできないクリスティーナは、痛みに苦しみながらこう続ける。
「もう一度その技術で短剣を作ってほしい。ヴァンパイアになる前に、自分でかたをつけるから」
かたをつける。それはつまり――
「自殺するつもりか? それなら――」
「自殺? そんなことはしないよ、私にはやることがいっぱいあるんだ。感染が広がる前に、首の肉を切り落とす」
腕の中の女奴隷の目は、絶望に沈んではいなかった。
「それでもだめなら、噛まれた側の腕も切る。それでもだめなら、ヴァンパイア化の呪いが尽きるまで、臓器でもなんでも抜きとる。それでも……それが、だめだったとしても、私は――」
彼女の青い目が真っ直ぐにジーノを射貫く。
「私は、世界中の『名誉』を得るまで、死んでも死ねないんだ!」
とても――強い目をしていた。
クリスティーナの覚悟は、本物だった。
同時にその気迫は、奴隷が出せるそれとは思えなかった。
「そうか。だが安心しろ、君はヴァンパイアにはならない」
「それはどういう……も、もしかして、治す方法が」
「ただのヴァンパイアに噛まれただけなら、ヴァンパイアではなく、その眷属になるだけだからな」
緊迫した状況。
理解するのに一瞬時間がかかったクリスティーナが、ツッコんだ。
「どっちでもいいよねっ!? い、いいから早く短剣を――」
なんともマイペースな男は、続けてこう言った。
「それと、眷属にもならない。――運がよかったな、ここにはヴァンパイアの灰と、錬金術師がいる」
ジーノの手には、かき集めたヴァンパイアの灰と、そして花があった。
その手が無色のオーラで包まれて、クリスティーナの傷口に触れる。
「あはは……まるで、神さまの奇跡みたいだ」
たちどころに傷は癒え、眷属化の苦しみから解放されたクリスティーナは、ジーノの技術をそう例えるのであった。
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