表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/57

色無し<しょくなし>ジーノ

主人公の序章的な話ですが、こちらを飛ばして本編から読んでいただいても問題ありません。

また、本編を読んだ後からこちらを読んだとしても、問題なく入り込めるかと思います。


主人公を深く知りたいという方は、こちらを読んでいただければ、より楽しめるかなぁと思います。

長々と失礼しました。




 ジーノという名の少年は、五つのころには孤独の身に落ちていた。


「――ジーノ君、今日からあなたの家族となる子供たちよ。もう一人じゃない、寂しくないからね」

「よろしく……」


 貧しい村で生を受けた少年だったが、五歳のころに両親は流行病で病死。

 身寄りのない子として教会に引き取られ、同じ境遇の子らと一緒に育てられる。


「――ねぇ、ジーノのやつ誘わなくていいの?」

「いいよ、あいついると暗いし」


 しかし、赤子のころから一緒に育ったわけではないジーノだけは、いつも仲間外れだった。

 どこにも属せないジーノ。彼に居場所などなかった。

 そのころには、彼の表情からは感情の起伏が消えていた。


 そんなとき、転機が訪れる。


「――これが『錬金鍛冶』というものです。なかなか見事だと思いませんか?」

「別に普通の鍛冶製法と変わらんだろう、帰ってくれ」


 村の小さな雑貨店で営業をかけている、一人の『錬金術師』の技術(スキル)を見た。


「ちっ、この技術(スキル)に気づけんとは、バカタレな店主め!」

「俺は、すごいと思う」

「だろう! ――って、子供かい」


 それが、錬金鍛冶士バルフォアとの出会いだった。


「なんだ小僧、親はいないのか。……一緒に来るか?」

「うん、いいよ」


 居場所のなかったジーノは、バルフォアの技術(スキル)に惚れ込んで、彼についていく。

 バルフォアは王都の隅っこに店を持っていて、ジーノは住み込みで雇ってもらった。

 優しい男だと思っていたが――


 このバルフォアという男は、性根の腐った男だった。


「おいジーノ、今日は樹海の森に採取に行ってこい」

「樹海の森……そこって、魔物が出るところじゃ……」


 当初は備品の買い出しや鍛冶場の下働き程度だけを命じられていた。

 だがあるとき、採取地へ行くことを命じられてしまった。


「つべこべ言わずに行けバカタレ! それとも、また(ひと)りになりたいか!」

「わ、分かった」


 そこは魔物も出没する危険地帯。子供が一人で行くような場所ではない。

 それでも行かなければ、追い出されてしまう。

 五歳の少年に選択の余地はなく、採取地〝樹海の森〟に一人で向かうことになる。


「――こ、こら、待ちなさい! 子供独りで王都の外を出歩くつもりかね、危険すぎる!」

「そ、それでも行くしかないんだ、止めるな!」


 ちょびヒゲ(・・・・・)の門番に止められかけるが、ちょうど人通りの多い時間だったせいか、抜け出すことに成功する。


 手書きの地図を見ながら、大きなかごを背にした子供一人が、街道を歩く。

 樹海の森を目指すため、安全な街道を外れた。


「――あった、これが親方の言っていた素材だ。魔物なんていなかったな……いっぱい持って帰ったら、親方喜んでくれるかな」


 言われた素材を次々と背中のかごに入れるジーノ。

 親方――錬金鍛冶士バルフォアの顔を思い浮かべる。


 このときのジーノはまだ気づけなかった。

 魔物に襲われなかったのは、単なる気まぐれに過ぎなかったことを。


「――はぁ、はぁ! う、うわあああっ!」


 夢中で素材を集めているところを、狼型の魔物に狙われた。

 狩るつもりはなかったのか、幸い魔物の足は鈍く、子供の足でも振り切ることができた。

 だが――


「せっかく集めた素材……全部、落としちゃった……」


 集めた素材はかごごと全て、魔物のいる場所に落としてしまっていた。


「親方の命令……守らなきゃ、また居場所がなくなる……」


 ジーノは独りになりたくない一心で、かごを取りに戻ってしまう。

 決定的な判断ミス。


「か、囲まれて……!?」


 狼型の魔物は追うのをあきらめたのではない。

 持ち物を取り返すために戻ってくるジーノを、仲間の狼と共に待ち伏せしていただけなのである。


「――かふっ……痛い……死にたく、ない……!」


 なんの力もない五歳の少年は、首筋に牙を立てられていた。

 おびただしい血に塗れる少年ジーノ。

 息の根を止められたあとは、腹を食い破られて、彼らの食事と成り果てるだけだろう。


「――起きろ少年、魔物は追い払ったぞ」


 消えゆく命の灯火は、目を覚ました今も、爛々と燃え盛っていた。


「あ、れ、助かってる……? でも、俺はもう死んでもおかしくない傷を……」

「それなら治した。錬金術で」

「錬金術……」

「ところで君、迷子?」


 ジーノは、錬金術師に救われていたのである。

 魔物を追い払い、傷も治した旅の錬金術師。

 ここは魔物もいる危険地帯だ、なぜここに子供(じぶん)がいるかと、ジーノは事情を説明したが。


「――これだけ覚えていれば、〝樹海の森〟程度なら安全に過ごせる。それじゃ」


 その錬金術師はとても淡泊に、生き残る術だけ教えて立ち去ってしまった。

 なんでも、欲している素材があるらしい。


「俺も……仕事しなきゃな。素材(・・)のために」


 ジーノも、そんな錬金術師を不思議には思わず、採取を再開させる。

 親方のため、自分の居場所のためではなく、いつの間にか素材のために頑張るように、目的がすり替わってしまっていた。


「――な、なんと、城門を抜け出した、あのときの少年か……!? たった独りで旅して、無事帰ってこられたのか!」

「――なんだとっ!? くたばってくれればと追い出したつもりが、まさか生きて帰ってくるとは……!」


 王都の隅っこにあるバルフォアの店に、無事素材を持ち帰るジーノ。

 途中のちょびヒゲ門番に驚かれ、今目の前にいるバルフォアにも驚かれる。


 バルフォアは子供の世話が面倒になって、追い出した同然で採取地に行かせたつもりだった。

 まさかの展開に顔を歪めたが――


「これは――利用できるかもしれんな」


 この男の性根は腐っている。

 次の瞬間には、醜い感情で、笑顔を浮かべているのだった。

 まだ五歳の子供には、喜んでくれているとしか理解ができなかった。


「――帰ったかジーノ! 次はこの採取地に行って素材を採ってこい、今すぐにだ!」

「分かったよ、親方」


 そうやってジーノは、採取地を巡り続けることを義務づけられる。

 成長し、一〇歳となった少年だが――彼は、バルフォアを疑ったりはしない。


「次はどんな素材に出会えるかな」


 すっかり素材バカになっていたジーノは、素材に出会えればそれでいいと考えるようになっていたのだから。


 難所の採取地を次々踏破していくジーノ。

 死の危険にさらされることは何度もあった。実際、死にかけたこともあった。


「――おっ、やってるな、旅先でよく会う少年(・・・・・・・・・)。またケガして」

「早くその錬金術で治せ……今度ばかりは本当に死にそうなんだ……旅先でよく会う人(・・・・・・・・)


 その度に、不思議と旅先でよく会う錬金術師に助けられたりしていた。


 旅先でよく会う人は、治療を済ませ、その採取地での生き残りかたを伝授すると、すぐに己の目的のために姿を消す。

 ジーノも特に不思議に思うこともなく、自分の目的を果たすため次の行動に移る。


「ケガのたびに助けられてたらだめだな。とはいえ、ポーションを買う金なんてないし」


 過酷な生活環境。

 給料はないも同然。


「なら、自分で作るか……?」


 ジーノは自分でも、錬金術を使ってみたいと思い始める。





 身寄りもなければ知り合いも満足にいないジーノには、見よう見まねで錬金術を覚えるしかなかった。

 一番最初にまねてみたのは、錬金鍛冶士のバルフォアの技術(スキル)だった。


「……全然だめだ、俺には使えそうにない。そもそも、親方の技術(スキル)には『金床』が必要なんだから、慌ただしい採取活動で使えるとも思えない」


 結果は失敗。

 石や鉄の塊を金床と見立てたりもしたが、発動する気配すら見せなかった。


「まぁ俺はほとんど採取地にいるから、親方の技術(スキル)を最後に見たのも、いつだったか忘れたけど」


 バルフォアと初めて出会ったとき、彼の技術(スキル)に感動したはずのジーノ。

 なのになぜか、そのイメージはぼやけたものになっていた。


「となると、別の錬金術師の技術(スキル)をまねるしかないか」


 ジーノが知っている錬金術師は、あと一人しかいない。

 旅先でよく会う人(・・・・・・・・)である。


「確か両手でこうやってああやって……そんでもって黒いオーラを」


 死にかけのジーノを治療する錬金術師を思い出す。

 特別な動作などはない。ただ、両腕にオーラを宿すイメージをするだけ。

 

「ほいっ! ――あれ、できちゃったぞ?」


 できてしまった。

 無表情のジーノは、自分の両腕に宿るオーラを見つめる。


「でもちょっと違うな。俺のは〝無色〟だ」


 しかし、例の錬金術師の技術(スキル)とは、色が違っていた。

「あと勢いもない――あ、消えた」と、オーラはすぐに消えてしまうほど、弱々しくもあった。


「――へぇ、無色の錬金術か」


「よっ、旅先でよく会う少年」と、ジーノが技術(スキル)を試したタイミングで、旅先でよく会う人は偶然現れる。

 特に不思議に思わないジーノは、こう言った。


「旅先でよく会う人。あんたと俺のスキルだと色が違う。錬金術を俺に教えろ」

「まず君は、礼儀を学ぶのが先だな、旅先でよく会う少年」


 ジーノはそうして無色の技術(スキル)を学びつつ、礼儀や言葉づかい、錬金術でしてはならないことと、最低限の常識なども教わる。

 ――もっとも、常識の面は興味が薄かったのか、満足な効果は現れていなかったことが、後々判明するのだが。





 それから――長い長いときが経った。

 少年は大人になり、深いしわに白髪のおっさんになっていた。

 いや、これでも三五なのだが、過酷な生活環境がそうさせた。

 さすがに服は大人サイズのものに買い換えたものの、それもだいぶ前の話で、ぼろぼろで、裸足姿だ。


「さて、素材はあらかた集まったな」


 ジーノは相も変わらず、採取地を回り続けていた。

 笑うことも、怒ることもなく、ただひたすら無表情に。


「〝死の火山〟。なかなか楽しかったな。良い素材もたくさん採れたし」


 今ジーノがいる場所は、火山だった。

 それも、火口だ。

 有り得ないほど頑丈(・・・・・・・・・)なロープ(・・・・)につかまって、かごを背にしたジーノは火口から飛び出る。


 直後、狼型の魔物に襲われた。


「今日はお前から採れる素材はいらないんだ」


 狼型――幼少期のころに命を奪われかけた魔物。

 だが目の前のそれは、過去の魔物よりもはるかに巨大で強力な――フェンリルの一種であった。


「じゃれてる暇はない、また今度な」


 ジーノはそんな強力な魔物の一撃を軽く退けると、巨大な頭をつかんで地面に叩きつける。

 狼型の魔物はそれだけで目を回して、気を失っていた。

 三〇年前の少年が見たら、さぞや驚くような手際だろう。


 が――


「おっと、もう次が来ていたか。およそ二秒間隔――死の火山というわりに、そこに住む魔物は元気いっぱいだな」


 各地の採取地を彷徨うこと三十年。

 今のジーノが行くような場所は、冒険者すら近づこうとしない、『超』危険地帯。


 ここ絶海の孤島・〝死の火山〟とは、危険過ぎて、攻略不可能とされていた採取地であり――


 実は、人類未踏の地なのである。


「『なんかあるかもしれんから行け!』って親方に命令されて来たが、なんかありすぎだったな、また一つ勉強になった」


 そんな人知を超越してそうなジーノは、今も錬金鍛冶士バルフォアの元で働いている。

 幼いころは自分の居場所だとか考えていたが、今はそんな考えはない。

 最初に死にかけたあの日、必死に集めなおした素材が教えてくれた。


 必死になった結果で感動できたなら、そこが居場所だ、と。

 あのときの感動を今も忘れられないジーノは、この仕事を――素材収集を続けているのである。


 ちなみに命令したバルフォアだが、死の火山(ここ)にどんな素材ががあるかなんて分からないで命令していた。

 なにせ、ここは人類未踏の地なのだから。


「よっほっと――お、見えてきた見えてきた、断崖絶壁の崖が」


 ジーノは走る。

 いつかのように、かごを落とさぬよう、両手で抱えながら走る。

 火山の麓を覆う焼木の森を走るジーノと、背後を追う魔物の大軍。

 アークデーモンにグレーターデーモン、ファイアドレイクにリッチキング――


 ありとあらゆる種のモンスターに、尾っぽやら爪やら魔法やらの総攻撃を背後から受けているのだが――

 その全てを、軽い身のこなしでよけつつ、ジーノは土埃をあげて爆走する。


 ――そう、危険過ぎて人類未踏とされる地ですら、今のジーノにとってはジョギングコースと変わらないのである。


 かごは素材でパンパンだ。だからもういらない、彼らから採れる素材は。

 魔物を完全無視で走るジーノの目の前が開ける。


 広い海と――火山よりもはるかに背の高い、人工の〝海門〟が、薄ぼんやりと見えた。


「次はそこに行ってみたいな。『境海』に」


 海門とは、人が作ったものである。

 だがそこにある『境海門』だけは、あまりにもスケールが大きすぎた。

 事実、神の手が加えられている建造物として、この世界にその名を轟かせている。


 同時に、その先は未踏の地でもあった。

 きっと誰も知らない素材や魔物が眠っていることだろう。


「ひとまず今は、この素材を親方のところに届けないとな」


 雲をも突き抜ける巨大な海門から、正面の崖に視線を移したジーノ。

 何を思ったかかごを海に向けて、高く高く放り投げた。


 続いて――崖から身を投げた。


「魔物たちは追ってこないか。ま、俺一人じゃ腹も膨れないだろうし、コスパ悪いもんな」


 切り立った、高い崖だった。

 今日の海は時化(しけ)っているのだが、そんな時化(しけ)て打ちつけるような波でも届かない高さの崖から飛び降りたのだが――

 ジーノは、なんともなかった。


 時間差で落下してきたかごを、高く掲げた両手でキャッチする。


「さて、ここから泳ぎだな」


 ここは絶海の孤島である。

 この野生児は、そこから泳いで人里まで帰るつもりなのである。

 しかも、両手でかごを掲げたままで。


 しばらくバタ足で泳ぐジーノ。

 ちなみにとんでもない速さだ。抜かされたペンギンが驚いていた。


「見えてきたな、〝大海の大渦〟。船一隻飲まれることもある、なんでも飲み込む大渦だ。素材が集まるから、採取地でもあるんだよな」


 どう見ても危険な大渦が、目の前に広がっていた。

 死の火山に続く超危険地帯。


「前行ったし、今日はいいか」


 ジーノはすでに、訪れているらしかった。


 ジーノは両手のかごを、思い切り投げ飛ばした。

 大渦の向こう側に向かって、とんでもない距離をかごは飛ぶ。

 ジーノは水上で大きく息を吸ったあと、海中に沈んだ。


 ――いくばくかときが経ったころ、ジーノは海面に顔を出した。

 そこは、大渦の向こう側だった。


「素材採りたかったなぁ……このかごがもっと大きければっ!」


 ジーノは大渦に迷いなく突っ込んで、大渦を泳ぎ切ったのである。

 ちょうど落ちてきたかごを、再び両腕を掲げてキャッチする。

 この状況でかごの大きさを嘆くあたり、この男はちょっと感覚がズレているようだった。


「思った通り流木もあったし、ここからは船で帰ろう」


 船すら飲み込む大海の大渦。流木がそこかしこに流れていた。

 ジーノはそれらを集めていたが――


 船なんて、どこにもない。


「――できあがり、と」


 なのに次の瞬間には、小舟が一艘(いっそう)出現(・・)していた。


 ジーノは船に乗り、いつの間にか上空に投げ飛ばしていたかごをまたまた受け取って、船に乗せる。

 あわせて作っていたオールを漕ぎだす彼の両腕には――


 〝無色〟のオーラが宿り、炎のように揺らめいていた。



今回は回想形式でしたので、あっさり風味で話を進めました。

一・二話でアクション多めのバトルもありますので、そちらもよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ