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R.I.P.  作者: まさみ
3/3

狙撃手の長い一日

ブラインドの隙間から傾斜した午後の陽射しが落ち、褪せた壁紙と床を淡く照らす。

アメリカの下町、安アパートの三階に潜伏して何日が経過しただろう。

標的は道路を隔てた対岸のアパートの同じ階で寝起きしている。

該当者は狙われている自覚がない程に無防備で、彼のいる場所からは洗面台に向き合い髭を剃る様子から同棲中の情婦との戯れ合いまで、ギャングの下っ端として薬を売り捌いて荒稼ぎし、身を持ち崩した中年男のプライベートの一部始終が見通せた。

クスリで儲けた金を上に内緒で懐に入れていることがバレて命を狙われる羽目になったというのに、男に反省の色は全くない。

一度どん底に転落したら、そこから這い上がるのは大変だ。

この街では人の命が安い。

裏切り者には血と鉛の制裁を下すのがアンダーグラウンドの掟。


「依頼人の希望は処刑スタイル……だったな」


また随分と古めかしい、と彼は苦笑する。

スナイパーライフルの手入れをしながら窓際で呟くのは色素の薄い金髪の青年。黄色いサングラスに遮られた表情は読みにくいが、憂鬱げな苦味を帯びた口調からは、この仕事にけっして乗り気ではないことが窺い知れる。


だが仕方ない。

自分にできる事はこれしかない。

昔からそうだ……だれかにとって邪魔なだれかを始末する事で、生きる事を許されてきた。


束縛の宿命から解放され自由の身となった現在に至ってもまだ裏社会の汚れ仕事を引き受けて食い扶持を稼いでいる。

その現実に忸怩たるものを感じないではないが、今は私情を殺し監視を優先する。幸い長時間の待機も苦にならない辛抱強い性質だ、その時が訪れるまで存在感を消して死角に潜み続ける。

銃口の先端でブラインドを少し捲り、眼光鋭く向かいの部屋を一瞥。

カーテンもかけないとは不用心だ。おかげさまで丸見えだ。

「こんな映画があったな……」

暇潰しに見た、スリラーの巨匠の古い映画を思い出す。

自分が今やってることとそっくりだ。

黄色いサングラスの奥、薄っすらと殺気を揺蕩わせた切れ長の双眸を鋭利に眇める。引き金に緩くかけた指先に心地よい緊張を感じる。

食事中も監視は怠らない。

ライフルを手放さずにすむよう、常に片手で事足りるサンドイッチやホットドッグで済ますのは不測の事態に適切に対処するための狙撃手の習性だ。

目線はブラインドの隙間から外へ放ったまま、ぱさぱさに乾いたサンドイッチを口に運んで咀嚼する。味けない。それがいい。これから人を殺そうとしているのに味など感じていられない。

ブラインドで濾された昼下がりの陽射しが殺風景な部屋の陰影を引き立てる。

極端に家具調度の少ない、ただ寝起きする為だけの部屋。

最低限の衣食住だけが保証された……

だれかの心象風景のように乾ききった、スノッブでスナッフな空虚。


「きた」

独白。


サンドイッチの最後の一口を嚥下、スナイパーライフルを両手でしっかり構えて固定、対岸の窓辺に立ち現われた標的の額の中心を照準。

呼吸を抑制し、標的の一挙手一投足と完全に同調する。

ライフルに括り付けたドリームキャッチャーがかすかに揺れる。

撃ち殺される人が安らかに逝けるよう願って付けた、悪夢よけのタリスマン。

効果の程は、彼も知らない。

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