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R.I.P.  作者: まさみ
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Curiosity killed the cat.

陰鬱な灰色の曇天から絶え間なく降り注ぐ雨がアスファルトを縫いとめる。

透明な散弾がアスファルトを叩く律動が殺伐と鼓膜に響く。

スプレーアートがかまびすしく彩る繁華街の路地裏、点滅をくりかえすけばけばしいネオン管。

錆びた配管の横の僅かなスペースに縮こまるよう身を凭せ、傍らにライフルを立てかけて、孤独と空腹を持て余す。

吐く息が白く溶ける。

濡れそぼった前髪から滴る雫が鬱陶しい。

かじかむ手を擦りあわせても気休め程度にしかならず、体温が急激に失われていくのがわかる。ひもじさとむなしさとさびしさとが綯い交ぜになった寒さに芯から蝕まれて小刻みな震えがとまらない。

幾何学的に組まれた配管が路地裏の壁面を這い回り、継ぎ目から滴った汚水が染みの領土を広げる。


ここは行き止まり。

行き場のない、寄る辺ない身の上にふさわしい終焉の地。

モノクロームの空から降り落ちた雨が水たまりを叩くつど、ネオンの虚像を歪ませる波紋だけが美しかった。


それは紛い物のドロップス。

煙るような雨が紗をかけるせいでネオンも滲み、世界の輪郭を不安定に暈している。


か細く甲高い声にふと視線をおとす。

路地の片隅、配管に身を寄せるようにしてしゃがみこんだ彼の元へずぶ濡れの毛玉が這い寄ってくる。

薄汚い毛玉によくよく目をこらせばあばらの浮いた野良猫だ。

黒く潤んだ瞳にネオンの欠片を宿して、不思議そうに彼を凝視している。

手をのばしたのは憐れみか同族意識か、ただ単に寒かったのかもしれない。ぬくもりが欲しかったのだ。猫はしなやかな歩みで抵抗なく彼の手に滑り込んだ。コートを開いて胸元に抱きかかえる。

回したてのひらに骨の尖りがあたった。

どれくらいそうしていたのかわからない。

雨音に紛れて時間は淡々と過ぎていく。

猫は一声も啼かず大人しくしていた。

近しく響き合う鼓動と鼓動、親しく通い合う熱と熱は、疲れはてた彼らに束の間の安息をもたらした。

偶然出会った一人と一匹は、まるで運命的な出会いをした二人であるかのようにじっと、いつまでも降りやまぬ雨を見つめていた。

億劫げに瞬きをしてシャッターを切り、刹那の有為を永遠に焼き付ける。

凍えた手で抱きかかえた柔いかたまりだけが自分が今確かにここに在ると証明してくれた、体を通して響き合う拍動こそが寄る辺ない身の上の楔だった。

やがて雨が上がり、分厚い雲の合間に煤けた青が申し訳に覗く。路地の峡谷の底から見上げる空は高く狭く、はてしなく遠かった。書割のフェイクじみた薄っぺらい青。


猫が啼いた。


彼の胸から軽快に飛び降りて着地、しっぽを掲げて去っていく。

もはや振り向きもしない、一抹の未練すらない鮮やかな引き際。

猫はけっして自らを憐れむことをしない誇り高い生き物だ。

からっぽの手にのこるぬくもりの残滓だけが彼のいた証明。


好奇心猫を殺す。

彼は今どうしているのだろうか。

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