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R.I.P.  作者: まさみ
1/3

ドリームキャッチャー

その老婆と出会ったのはアメリカ、ブルックリンのダウンタウン。

低所得層向けのアパートの屋根が煤けた青空を細長く区切る峡谷の底、建物の外壁には色褪せたポスターや、それを剥がした痕跡が皮膚病の斑点の如く穿たれている。

風に吹かれて舞う紙屑は丸めた古新聞、お世辞にも治安がよいとは言えない猥雑な街並み。

「夢見が悪いんだろ」

道半ばで振り返る。

露天商の老婆がいた。

鞣革のように日に焼けた皮膚に深い年輪を刻んだ老婆が、路傍に一枚の大きな布を広げ、アクセサリーや雑貨などの商品を無造作に並べている。

背中にライフルを担いだ青年は老婆へと歩み寄り、布の上に広げられた商品をつぶさに観察する。

くすんだ銀のアンクレットにビーズの腕輪、兎の足のペンダントや小鳥や動物をモチーフにした木彫りのマグネットなど、よくいえば素朴なハンドメイド、ありていに表現すれば目新しさのない陳腐なラインナップ。

インディアンの末裔とおぼしきエキゾチックな風貌の老婆は、落ち窪んだ黒曜石の瞳に預言者じみた達観を宿し、一つの装飾品を掲げてみせる。

「ならばこれはいかがかね」

「それは?」

「ドリームキャッチャーだよ。インディアンのお守りだ。枕元に吊るしておくと悪い夢を捕まえてくれる。網目をすりぬけて頭に吸い込まれるのは良い夢だけさ」

老婆の手からぶらさがる不思議な形状のアミュレットに、好奇心と疑念の綯い交ぜとなった凝視を注ぐ。

皺ばんだ手の中でかすかに揺れるドリームキャッチャー。

蜘蛛の巣を模した複雑な形状に革紐を編み上げて、カラフルな羽飾りを括り付けたインテリア。

中心の輪の部分から深淵の目が覗いている。

「悪夢よけのおまじないか」

「これがあればいやな夢は見ない」

「本当?」

「信じるものは救われる。天国にいるような気分でぐっすり眠れるともさ」

少し悩んだあと青年は老婆の手に紙幣をのせる。

老婆の手から青年の手へ、ドリームキャッチャーが受け渡される。

「ありがとう。お釣りはいらないよ」

青年は背中のライフルをおろし、その場で片膝ついて今しがた買ったばかりのドリームキャッチャーを邪魔にならないよう銃身に括りつける。

器用な手つきでドリームキャッチャーを銃身に結わえる青年を、座した老婆は黙って見詰めている。


いやな夢を追い払ってくれるインディアンのおまじない、快適な眠りをもたらす魔法の道具。

なればこそ、人殺しの道具に付けるべきだ。


痛みや恐怖を感じる暇を与えず、死の自覚すらないままに迅速に死に至らしめる。

弾丸一発で天国に叩き込む標的にこそ、優しい夢に守られた無謬の眠りを約束すべきだ。

安眠と永眠を秤にかけたら後者が重い。


「お前さん、人を殺したね」

「……まあね」

「何人殺したね」

「さあね」


責めるでも詰るでもなく、ただ事実を確認するような老婆の問いにはとぼけて言葉を濁し、ライフルを担ぎ直して立ち上がる。

銃身に吊るしたドリームキャッチャーがその拍子に軽く揺れ、見えない蝶の如く白昼夢の残滓が網目をすりぬけた。

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